薄昏の子ら、ダンピール(1)|Living Dead the Sanctuary

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 Dhampir, Children of the Dusk/薄昏の子ら、ダンピール
 01
 
 いつになったら()が落ちるのか? ステイカーはGT‐Rを走らせながら車内時計に何度も目をやった。太平洋側の日没時刻を一時間も過ぎているのに、空はどこまでも青ざめた(くら)さが続いている——まるで暗闇の世界を厭うかのように。時計の方が壊れているのかと思ったが、腕時計と同じ時刻を指していた。それにくわえ、
「なんだか人がいないね……。どうしちゃったんだろう」
 エリファが助手席の窓に張りついて外を覗きこんでいる。
 モーテルを出てから一台たりとも車両とすれ違わない。車どころか人っ子一人見かけなかった。たった今見たダイナーらしき店は外から見る限りもぬけの空で、無人の食堂が明々と照らされていた。車両も人もいないせいで、片側三車線のサンプトン通りはいやにがらんとしている。時々、車が乱雑に止められているが、中には誰もいない。道路の真ん中に電動車椅子が横倒しになっていたため避けなければならなかった。誰かの飼い犬がリードを引きずってとぼとぼと道を歩いている。
 ステイカーたちはそんな死んだ街を走っていた。
 確かにこちらはそれほど都会ではない。だが、まだ午後七時台だ。ほんの少し前に帰宅ラッシュを迎えた場所だとは思えなかった。
 サンプトン通りをさらに走っていると、突然、警察車両が歩道に乗り上げているのが目に入った。通過する時に二人で横を確認した。運転席と助手席のドアが限界まで開け放たれたまま、やはり空っぽだった。周囲に誰もいなければ、騒々しさの欠片もない。ただただ赤と青のLEDが明滅を繰り返している。ステイカーはすぐさま時速九〇キロメートルまで加速させた。
「ラジオはどうなってる?」緊急の放送があるかもしれなかった。
 エリファがコンソールに手を伸ばして操作すると、おだやかな波の音をBGMにしたナレーターの間抜けっぽい声がスピーカーから聞こえた。〈ああ、美しいですよね? 父親は何が一番かを知っています。こちらは西海岸のFM……〉ラジオは80年代の古い曲を流し始めた。「普通だね」と、エリファ。局を変えたがどれも正常そのものだ。
 ステイカーは内心、腹立たしさすら覚えたが、訓練の賜物によるものかおおむね冷静さを保っていた。感情の揺れ動きを見せて妹を怖がらせたくなかった。
 知らない間に世界の終末が来たわけでもあるまいし……。彼はふと、何かの化学兵器が撒かれたと考えた方が現実的のように思えた。しかし動物の死骸は一匹も落ちていないし、文字通り全く騒ぎになっていないのが不可解である。その可能性はひとまず頭の隅に追いやった。
「本当にあの二人はこっちにいるんだろうな?」
 ステイカーの疑問にエリファは頷く。
「自撮り写真付きの投稿だったから、間違いないよ。投稿時間も直前だったし……」
 ステイカーは首を振った。あらゆることをネットでシェアして共同資源とする時代だが、賛同する奴の気がしれない。昔、身内用のSNSに写真を投稿したどこぞの特殊作戦部隊の奴らが、ハッカーに鍵を突破されて機密情報を漏洩させたことを思い出した。
「あったよ。あれ!」エリファが指をさす。
 薄闇の中、大型店舗のシルエットがぼんやりと見えた。これからあのクソでかスーパーマーケットに行かねばならないのか。だだっ広いその駐車場の奥は真っ暗だった。店の明かりが消えている。周辺では人の影も形もなく、静寂を保っている。警備員さえ見当たらない。
 彼は薄々と、自分が煮えたぎる魔女の大窯(おおがま)の中に飛び込むのではないかという気がしてならなかった。
 駐車場は雨で濡れており、ショッピング・カートがあちこちに置かれている以外は、閑散としていた。停車している車両もある。放置されているワインレッドのクライスラー車は、例のごとくドアが全開になっており、慌てて逃げて行ったかのようになっている。ステイカーは車両を乗り入れて敷地の隅にGT‐Rを止めた。
 もしそうなら——彼はハンドルを握ったまま店舗の入り口をじっと見る。今をときめくモンスター・シュガー入りジュースの広告看板の下では、大きなショッピング・カートがガラス扉を突き破っていた。
 もし彼の考えが正しく、そうだというなら、状況が大きく変わってくる。
「……これからどうするの?」エリファも異様な雰囲気に戸惑っている。
「運転を代わってくれ」
 ステイカーは有無を言わせない口調でそう言って、シートベルトを素早く外し、車外に出た。湿った夜気が肺に流れてくる。彼は扉を閉める前に「エンジンを止めずに、向こうを見張っているんだ」と言った。
 GT‐Rの荷台を開けるとコイウルフの腐臭が鼻を突いた。死体袋の中がどうなっているか考えたくもないが、今はそれを放っておき、荷台に被せてある覆いを退けて黒いナイロンバッグを開いた。ステイカーはその猟銃(T3x)を取り出し、弾倉にウィチェスター弾を最大まで込めて装填した。予備はもう一つある。そちらも込められるだけ込めた。
 ブレイクがリアシートで跳ね、窓に飛びかかっている。シッと鋭く息を吐いて落ち着かせた。気が立っているのが犬に伝わっているのだろう。ステイカーは猟銃を抱え、予備の弾倉をベルトに挟み、荷台の蓋を閉めた。
 エリファが不安げに運転席から入り口を見ている間、彼は助手席を倒してブレイクを呼んだ。犬は器用に隙間から体を出し、一跳びで地面に降り立ち体をぶるぶる震わせている。それからダッシュボードの底面を蹴って密閉された箱を落とした。封を引き裂くと中からSIGと予備弾倉が出てくる。
 エリファが、はっとしてこちらを振り返る。武装していることに気付いたのだ。不意打ちを受けたみたいに彼女は驚いている。ステイカーは薬室を点検した後、妹を見返しながら、グローブボックスから荷物を取り出して身に付けた。
「いいか、今から大事なことを話す。俺が車を閉めた後、一〇分経ったら大急ぎで街を出るんだ。俺が戻らなくてもそうするんだ。古い車の運転はできるよな? ヴィオラさんに教わったはずだろう?——よし。ここから少し離れているが、西南にビーチ付きの小さな町がある。名前は、」彼は町の名前を二度繰り返して覚えさせた。「そこで朝まで待っていろ。だけどこっちには決して戻るな。絶対にだ」
 ステイカーは服の内側から二つ折りにしたドル紙幣の束を取り出し、エリファに渡した。「明日午前六時を過ぎても俺と会えなかったら、ヴィオラさんに連絡をするんだ。あの人は必ずエリファを助けてくれる。このお金はいくらでも使っていい。全部やるから、上手くやれ。車の窓は簡単に開けるなよ。他人を刺激せず、侵入を許さず、ヴィオラさんと俺以外は誰も信用するな。わかったな?」
「ちょっと待って」一息に指示をされ、エリファは混乱したようだった。ハンドルを握る手が震えている。「なんでそんなことを言うの? 引き返して警察を呼ぼうよ」
「警察は……呼んでも、たぶん、来ない」近辺で何があったかわからないが、いずれにせよ間に合わないだろう。
「ジェイはどうするの? ここでずっと待ってちゃいけないの」
「だめだ。一人でも先に行け」断固否定をする。エリファは家から閉め出された子どものような顔をしていた。「どうして?」
「なぜならお兄ちゃんも時々失敗をするし、不死身じゃないからだ」
 ステイカーは笑みを見せて、エリファの手を軽く叩いた。「なあ、ただの保険プランだよ。すぐに戻る。エリファを一人にするはずがないだろう? それに万一の場合、俺は自力で逃げられる。さっきの話を繰り返してごらん」
 エリファは小さな声で言う。「鍵を閉めて、一〇分経ったら、西南の街まで走って、午前六時にヴィオラに電話する」
「そうだ」ステイカーは大きく頷いた。かなり不本意な事態だが、彼女の安全を考えてこうするしかなかった。
 それじゃ、いいね? と念を押す。エリファが恐る恐る同意するのを見届けてから、扉を閉めた。鍵の閉まる音がする。
 たった十六発を用意したボルトアクションライフルと、拳銃一挺しかない。ライフルの方は車の激しい揺れで照準にずれが生じているはずだが、昼間のような長距離射撃にはならないだろうからどうにでもなる。問題なのは、明らかに装備が不足しているということだ。せめて隠れ家(セイフハウス)に戻ることができれば、と思わずにはいられなかった。
 ステイカーの頬にぽたりと水滴が落ちる。彼は顔を拭った。生温かい感触に眉をひそめる。よく見ると指先が深紅に滲んでいた。
 赤い雨だ。たちまち、さあっと降り始める。
 ステイカーは黙って指を上着にこすりつけ、ポケットから古いロザリオを取り出した。数珠を三重にして手首に通し、SIGを握る。腿を叩いてブレイクを呼んだ。
 この様子では周囲を回ってじっくりと偵察する時間などない。危険を承知で正面から入る。今は四つ足の相棒が頼りだ。さっさと二人を見つけてここを出る。
 おそらく、内部に悪漢などいやしない。代わりにいるのは——
 不吉な雨の中、ステイカーは素早く、だが慎重に歩みを進めた。ブレイクは彼の真横につき、爪がアスファルトを蹴っている。
 付近の柱に辿り着いた。ステイカーは体を押しつけ、外から様子を探る。ブレイクはステイカーの足の間から頭を出してその場に座り、主人が行動するのを待っていた。
 その店の出入り口はガラス張りなので見通しがよかった。自動扉は壊れ、入店監視ロボットが落胆したように頭を垂れている。完全に停電しているのかと思ったが、冷蔵ショーケースの明かりがいくつか点灯しており、薄ぼんやりとした明るさがあった。
「探せ」
 それを聞いたシェパード犬は()()()を始めた。長い鼻で地面を嗅ぎまわり、割れたガラスを避けて、店の中に入っていく。少し待ってから、ステイカーも後に続いた。
 典型的なアメリカの食料雑貨店だ。広大な売り場と大量の無人清算機。しかし問題が発生している。入店してすぐ横に、天井にまで届きそうな、プラスチック密閉容器に入れられたナッツ類が大量に陳列されているが、奥側の量り売り機械は壊れており、落とし口からアーモンドやドライイチジクをぶちまけている。ショッピング・カートが暴れたように転倒し、あるいは野菜の山を蹴散らしている。
 ブレイクは食い物には見向きもしない。ずんずんと先に進んでいく。
 そうだ、その調子だ。SIGを前方に構えて移動しながら、ステイカーも五感を最大限に集中させ、どんな異変も逃さないようにした。自分と犬の息遣いと、歩く音以外は、信じられないほど静かだった。
 アメリカ中のお菓子を集めた陳列棚の間を通過した。〈キャロビーズ〉社製の物が半分も占められている。板チョコ、チョコバー、ピーナッツバタースナック、カラフルなマシュマロ、苺風味のキャンディー……どれもこれもそうだ。〈モンスター・シュガー〉ほど強烈な味ではないが、良い味だと思ったことは一度もない。なのに店に行けば、いつでも棚を占領しているのは〈キャロビーズ〉社の商品だった。他社製品は年々味負けているせいか、陳列棚戦争で大敗して場所を譲っている。最近では子供向けシリアル製品の方でも〈キャロビーズ〉社が快進撃を続けていた。一週間も経つとそのシリアル製品の占有率が増えているのだ。
 時々国に帰りたくなる。ジャファ・ケーキなら英国の方が美味い。こちらではある日を境に輸入品すら取り扱わなくなった。
 舌を鳴らしてブレイクの行動を止める。シェパード犬は忠実だ。通路の手前でぴたりと静止して、伏せの姿勢でステイカーを待っている。彼もブレイクの隣で膝立ちをし、陳列棚の物陰からじっと耳を澄ました。
 周辺ではなんの反応もない。あの二人はもういないのではないかという気さえした。たった今遭遇している蒸発ミステリーのようにどこかに行ってしまったのではないか。
 それに犬が探しているのはマックスとリンジーではなかった。
 ステイカーは棚に体をへばりつかせ、向こう側から見えるか見えないかぎりぎりの範囲で頭を傾けた。いつでも射撃できるように銃口を差し出している。もし向こう側に人がいたら、彼の姿は黒い影の輪郭程度にしか認識できなかったろう。右側は食肉店で、左は陳列棚がずらりと並び、突き当たりに安い酒が大量に積み上がっている。単純な構造だが、身を潜められる場所ならいくらでもある。
 ステイカーはブレイクに合図を出して前進させた。数秒周囲の反応を待ち、脅威の有無を確かめてから、銃を前に出して通路を渡る。
 ブレイクは捜索を再開している。足取りは速い。先ほどと同じことを何回か繰り返した後、犬は角を曲がった。U字型になっている鮮魚スペースの中に入っていく。
 争う音はない。ステイカーも移動してブレイクの行き先を調べた。
 まさか、本当にいたとは。
 そこには男が倒れていた。昼間の片割れの一人だった。床に座って銀色の土台の前でうつ伏せになっている。外傷は見当たらないが、体が少し濡れていた。周囲には溶けかかった氷や生魚が落ちている。言うまでもなく、台の上に並べられていたものだ。死んだ魚が三匹、濁った目で天井を見ている。
 ブレイクはマックスの手を嗅いで、それからあたりをうろつき、角の方に鼻先を動かした。何かあるようだが、それは後回しだ。
 ステイカーは銃口を下ろさずにゆっくりとマックスに近づく。と、男が目を覚ました。たちまち恐慌をきたす——大きく息を吸う音が聞こえたのだ。ステイカーはいっきに飛びかかり、マックスの口を塞いだ。相手の頭を抱えて引き倒し、背後から固め技をかける。悲鳴になるはずだったものは直前で呻き声になった。ステイカーは相手の耳元で囁やく。
「落ち着け、落ち着けよ。連れ出しに来た。シーッ……俺だ。昼間に会っただろう? エリファの兄貴だよ。エリファだ。思い出したか?」
 マックスは必死に何度も頷く。呼吸は荒れており、生温かい息がステイカーの手に吹きかかっている。
 彼はゆっくりと言葉を続けた。
「今から手を離すが騒ぐな。お互い無事に家に帰るために必要なことだ。約束できれば力を緩める」今度はやや理性的な頷きだった。パニックが徐々に鎮まってきたようだ。
 言った通り解放してやるとマックスは苦しげに息を吸った。怯えた目でステイカーを見上げている。彼の態度が昼間とはあまりにかけ離れているからだろう。マックスの白いパーカーの襟に、新たに赤い染みができているが、それは腕を相手の体に回した時にロザリオのシンボルが付着したせいだった。赤い雨の影響だ。他に異常はなさそうだった。
 ステイカーはSIGをベルトに挟み、彼の隣に腰を落として、U字型の出口を指す。
「妹に頼まれた。外で車が待ってる。今すぐ店から出てそれに乗るんだ」
 マックスの心は現実の世界に戻るために少々の時間を要した。「ええと……」マスカラの落ちかけた目でぱちぱちとする。「あんた、もう雇ったっけ?」
「まだだ。その話は今はしない。それよりここで何があった?」
「あら……」と言って、徐々に瞼が落ちていく。眠りかけている。信じられない心地でステイカーは相手の顎を掴んだ。「おい、しっかりしろ。何があったと聞いているんだ」
「何があった……? そうだ、リンジーと買い物に来て……」彼はもごもごと言い淀んでいる。思い出せないのか? 昼間はあんなにはきはきと喋っていたのに。
 ステイカーは床に転がっていたステンレスの棒を手に取り、マックスに見せた。ブレイクがさっき気にしていたものだ。スタンド台から引き抜いたのだろうが、どす黒くなった血が付着している。
「これは?」
 相手は極端に怯えた。泣きそうになっている。
「わからないよ。そんなものを見せないで」彼は押しのけて言う。本気で嫌がっている。「真っ暗になって、リンジーとはぐれたんだよ。みんないなくなって、それで、それで……何かいたよ。怖かったからここに隠れたんだ」マックスはあたりを見回した。「リンジーはどこだい?」
 マックスはどう見ても大人だが今は子供をあやしているようだった。よくあることだ。恐怖を抱えればこういう反応をするやつも中にはいる。喚き散らして明後日の方角へ走り出すよりずっといい。
 約束の時間まであと六分しかなかった。ステイカーは相手を落ち着かせるべく冷静に話す。
「最初にあんたを見つけた。リンジーはこれから探す。彼女がどうなってるか、俺にもわからない」
「そんな……」
「怪我は?」
「ないけど……」
 ブレイクを呼んで傍に座らせた。
「マックス、あんたは運がいい。出入り口の方は今は危なくない。それに足も頑強だ」彼は相手の膝を軽く叩いた。手首に巻いたロザリオのシンボルが揺れて、マックスの足にぶつかったが、相手は気にもしていない。白いパーカーのポケットからワイヤレスイヤホンが零れ落ちている。拾って彼に押し付けた。
「これを耳につめて、お気に入りの曲でも大音量でかけながら走って出ていくんだ。勇敢なエリファが一人で外で待ってる。とにかく急げ。約束の時間が過ぎたら、車は出発する」
 マックスは受け入れがたい顔で首を振る。
「嫌だ——絶対に嫌だよ。ここから離れない」彼は反対の隅に逃げてステイカーから距離を取ろうとした。「リンジーを連れてこなきゃ一歩も動かないからね。二人の店だってあるんだ」
 ステイカーはぐっと感情を堪えて相手の考えを変えようとした。
「もしもの時はあんたが店を継げばいい。熱心そうだし上手くいくよ」
 一瞬、マックスはそんな自分を空想したようだった。会った時から、野心はあるだろうと思っていた。昼間は「自分の方が良くやれる」という態度に見えたからだ。だが、ステイカーの目論見は外れてしまう。マックスは「そんな乗っ取りみたいな真似、とてもできない……」と悲しげに言った。
 埒があかない。それにマックスの態度は頑なになってきている。こんなところで塞ぎこまれてはたまらない。
 ステイカーは相手の襟首をきつく掴んだ。
「ならどうしてエリファを巻き込んだ? 何故彼女に連絡を取った?」
 マックスの反応は鈍かった。「どういう意味?」
「DMを送っただろ」
 彼は心外だとばかりに首を振る。
「そんなの私は知らない。だって相手は未成年だし……こんな状況で送るわけないじゃないか? 他に頼れる友人がいないとでも? これで履歴を探してみれば?――ほら!」ロックを解除するのにもたついていたが、マックスはスマートフォンを見せつけてくる。
 なんだと? とぼけてやがるのか?――それとも、やはりこいつらがRなのか?
 ステイカーは訝りながらも、それをさっと手に取り画面を操作した。ソーシャルメディアのアプリを起動して、エリファとの会話履歴を探した。すぐに見つかった。最後にやり取りしたのは、今日の午前十時二十分頃だった。寄り道せず気を付けて待ち合わせの場所まで来るように、というマックスの常識的なメッセージで終わっている。グループ会議なのでリンジーも会話に参加していた。
「こんなもの、簡単に偽装できる」
「言いがかりだ」マックスは怯えながらも彼を非難した。「あんた、一体なんなんだ? こんな仕打ちはあんまりだ」
「〈R2クラブ〉」ステイカーは相手を見据えて言う。「名前を知ってるな」
 マックスは驚いて彼を見た。「どうしてそれを?」
 すでにステイカーの手はSIGに触れている。彼の剣呑な雰囲気に気づいたマックスは慌てて首を振った。「でも、ただの得意客なんだよ。ちょっと変わってるけど、噂ほどじゃない。とてもおとなしい連中なんだ。居場所を貸してるだけだよ。居場所がないのは誰だって辛いじゃないか」そうすることが絶対に正しいことだと信じている者の顔だった。その表情に失望の色が加わる「そんな……関係ない……これは、ただの悪戯だよ……」
 ステイカーは相手を見下ろして思った。もし、マックスたちがRなら――昼間に接触した時点で血が流れていたはずだ。彼は静かにSIGから手を離し、声を低くして脅しつける。
「聞けよ。そっちが何をしようが俺には興味がない。だが、これだけは言わせてもらう。〈R2クラブ〉とは手を切ることだ。その具合いなら引き返せる。西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()
 数秒、マックスはまじまじとステイカーの顔を凝視した。相手の頭の中で化学反応でも起きているようだった。「……あんたが、連れ去りの悪霊(あくれい)?」
 ステイカーは無表情でSIGを握りなおす。
「エリファに感謝しろ。妹がいなきゃここに来なかった——早く行け」
 マックスはそら恐ろし気な顔でステイカーの一挙一動を見逃すまいとしながら、慌ててイヤホンを両耳に入れ、携帯電話の画面を操作した。音漏れがするほどボリュームを上げている。U字通路を飛び出したマックスは、こちらを時々振り返り、出口を目指して駆けていった。
 
 


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【2023/06/11 修正】
【2021/09/04 掲載】

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