セッション 02

縦横切り替え

 02
 
 頑強な体つきの男たちに背中を強く押され、後部貨物扉から乗れと促された。暗がりから八つの目がブルーノ・ヒギンズを見ている。全員、手首にプラスチックの拘束具をはめられ、顔に擦り傷があった。着ているシャツは汚れているし、どこの誰のせいかはわからないが、ドブ臭い。みんな顔がやつれて、腹も減っているようだった。四人のうち一人は手足を縛られたまま床に転がってこちらを見上げている。全員の顔を一つずつ眺めていたら、また小突かれたので、ヒギンズは仕方なさそうに足を進めて輸送機に乗り込んだ。すぐに貨物扉が閉まる。
 薄闇の中で不機嫌な面持ちで立っていると、誰かが言った。
「ファラともう一人は?」
「さあな。ファラが賢いから逃げおおせたろう」
 のたのたした足取りで座席につき、ヒギンズは答える。正面に座っている髭もじゃの熊男が、ヒギンズを見て突然吹き出した。
「ブルーノ・バンビは側溝の隙間に隠れてたって本当か?」
 彼は身長が一六〇センチしかないせいで、時々、不愉快な名前で呼ばれる。
「そういうお前は? 国境沿いの農家の肥溜めにでも埋まっていたのか?」
 熊男の近くに座っていたやつが、無言で座席を移動し始めた。「最低の臭いだ」とブルーノ・ヒギンズは言った。
「古臭い橋の下で国境警備隊をやり過ごそうとしたんだ。その時に濡れただけだ」熊男のシャツには水草が絡みついている。
「知らんのか。田舎の小川は上流から清く美しい何かが流れてくるんだぞ」とヒギンズ。
「嘘をつくなよ。俺は田舎育ちなんだ。まあ、俺のつかった小川が多少汚れていたのはその通りだが」
 そうしてしばらくの間、誰もなにも言わなかった。いらいらしたようなため息を吐く音や、舌打ちする音がした。
「なあ、バンビ」と、左側に座っていた男が言った。キャップを逆さに被った無精髭のやつだ。「ファラたちはどうして上手く逃げ切れたんだろうな」
 ヒギンズは貨物室の天井を見た。
「製粉倉庫を三棟ふっとばす作戦を説明したときにあの女、にやにやしながら”ウー、いいね、やろうよ”って言ってたから、おそらく、その時点で逃走ルートを頭の中で確保していたんだろうよ。終わったときにはいなかった」
 くそ、とキャップ男が罵った。
 右隣に座っているジェリーヘッドが口を開く。
「あんたもこうなることはわかってたんだろう? かんかんになったビッグ・シスに、支援無しで、身一つで国外脱出しろって言われることくらい。そうさ、あんたは、わかってて実行したんだ」
 それを聞いた髭もじゃの熊男が「聖なる羽虫……」と呟く。
 ヒギンズは大きく頷いた。ダンピール式のホーリー・シットをどうも、というジェスチャーだった。
「面白いかもと思ったんだ」と、ヒギンズ。「その時は面白かったんだが……今思い出すとそうでもなかったな」
 このやろう、という低いうめき声が足元で聞こえた。声の感じからしてトムだと思った。機内でただ一人転がされているのはやつだったらしい。チームの中で一番喧嘩早いので手荒に扱われたのだろう。一応、ヒギンズはトムの性格を考えて警戒したのだが、それ以上のことは起きなかった。さすがに手足を拘束されたままでは何もする気が起きないようだ。再び、沈黙がおとずれる。(ブラボー)セッションの未来は暗い。
「……チーム・ブラスト(ぶっとび)もこれでおしまいか。案外、楽しかったぜ、兄弟」
 名残り惜しむ熊男に「薄気味悪いんだよ」と、キャップが悪態をつく。
 ジェリーヘッドがしょぼくれた顔でヒギンズを見た。
「俺達これからどうなるんだろうな」
「ひとまずこの国の連中から尋問を受けることは確実だろうな。それはいい。地下協定のおかげですぐに終わるはずだ。問題は、その後だ」
「刑務所には戻りたくない。あそこは絶対にいやだ。なんとかならねぇのか?」
「諦めろ、キャップ。旧友と再会する日は近い。俺といっしょにな」
 トムが慰めにならない台詞を吐く。二人はチームに入る前から顔見知りだった。
 刑務所か、とヒギンズは心の中で呟いた。きっと収監された翌日には、足の先まで血を抜かれた状態で発見されてるんだろうな。
「何が悪かったんだろうなぁ」と、熊男。「最大の火力で確実に仕留める。方針は合ってると俺は思う。ステイカーだってそう言うに違いない」
「何が悪かったか、だって?」ブルーノ・ヒギンズは鼻から大きく息を出して、顔をしかめた。
「まあいろいろあるが、チームリーダーとして言っておくとだな、他の細かいことはどうでもいい――()()()()()()()()()()()んだよ。わかったか、間抜けども」
 
 
 
 無人のオフィスビルを静かに上り、目当ての場所に到着したステイカーは、銃を下ろしてポイントについたことを無線報告した。連れてきた相棒に指示を出し、持ち場につかせる。パーテーションのない灰色のオフィスは、最近まで使われていた状態がそのまま残されているようだった。モニターやデスクトップパソコンは整然としており、コピー機の周りには書類が散らばっていた。慌てて出ていったような様子だった。ホワイトボードには計画表が貼られていて、真下に誰かの小言が書かれているのが妙に生々しい感じがした。
 この建物は十二階建てで全フロア撤退済みである。隣接するビルも同じ有り様だった。どういう理由で区画まるごと無人の地区ができたのかは、今は些細な問題だ。()()()()ことだし、できれば自主的にいなくなっていて欲しい。ゾンビと一緒で、手にかける相手が減るのはこっちだってありがたい。
 部屋をいくつか通り過ぎて探していた人物を見つけた。ハントは窓から2mほど距離をとってデスクを配置し、その上で横になり、ライフルのスコープを覗いている。彼はステイカーと同じく黒ずくめの格好だった。
「あんばいは?」
 ハントは手をこまねいた。彼は電子双眼鏡を渡しながら、
「見てみろ。位置はマークしてる」
 ステイカーは促されるまま、ハントの隣で腹這いになった。図体の大きな男が二人乗れるほどデスクには充分な広さがあった。
 現場との距離は四〇〇メートルほど、見通しがよく、中途半端なコの字型の構造が彼らの位置から見下ろせた。夜間だが、ライトがかなり明るい。建設途中なので骨組みの足場やらコンクリートやらがむき出しになっている。真ん中は広場を予定していたのだろうが、あらゆる重機や機材がせめぎあって、地面の一部は穴がぽっかりと空いている。
「東側、四階」
 MARでも確認できた。
「……餌食者か。まだ生きてるな」
 防塵シートの向こう側に人影が見えた。三人。室内の明かりで影が投影されている。拘束されていないのか、うろうろしている姿がシートの隙間から時折うかがえる。隅の方で動かない山があるのが気になるが、そちらは考えても仕方のないグループだ。生命反応がない。
「ガラスの仕切りの奥にいる。自力では出られねえらしい」と、ハント。「出てこない方がいいんだが」
「体力がなくて窓も割れないんだ。設計図面では、ここのは全部、防犯目的の特殊ガラスだと書いてあった」
 鼻を鳴らす音が小さく聞こえた。それは、彼も確認済みなのだろう。調べようと思えばいくらでも調べてくれる機械があるので、どこの会社のどういう製品かぐらいはさっと頭に入れたはずだ。ハントのような人間は、こちらが気味が悪くなるほど事前調査と観察に心血を注いでいる。
 ステイカーが双眼鏡を覗いている間、ハントはデスクから下りて床に座り込んだ。長時間の監視で疲れたのだろう。煙草とコーヒーを同時にやっているらしかった。彼は首の凝りをほぐしながら、「(ゴルフ)がくまなくEAPを配置した」
「ポー先生はなんて?」
「まだ三十二しか見つけられていない。ただし地下は未探索だ。通信障害が起きてな、短距離でしか機能できないんだと。適性Dも不明。肉眼でも確認できない。唯一の朗報は、一匹も巣から出てこないこと」
 EAPによって随分と戦闘が楽になったが、いまだ欠陥は存在するというわけだ。
 双眼鏡を外したステイカーは、Gセッションと連絡を取ってEAPの情報をリンクするよう要請した。途端に視界が開ける。あたり一面がマーキングだらけになったので、思わず「うじゃうじゃだな」と呟く。
 ステイカーはため息をつきながら重ねた腕を枕にして、じっと工事現場を見下ろした。大通りをはさんで四〇〇メートル向こう側にいる三十二体は、マーカーの色からしてすべて変性タイプのダンピールだった。凶暴で、知能は一〇歳児程度と言われており、外見に統一感はないが、共通していることは恐ろしく見た目が悪いということだ。要するに、完璧な(・・・)なり損ないである。本来であれば、あの状態はダンピールたちにとっても望まない結果だ。
 三十二体のことはもうわかった。それ以外はどうだろう――多いのか、少ないのか、本物がいるのか、いないのか。実際に行ってみなければわからない。
 再び双眼鏡で現場を眺めながら彼は言う。
「俺達(アルファ)は地下から入ろうと思う」
 EAPのおかげで楽にDを確認できた。一体、足場を這いずり回って二階に移動しているのが見えたのだ。簡単に姿を晒すとは、数が多いせいで気が大きくなっているのかもしれない。
 ハントは煙を深くはきだしていた。彼はデスクの陰で立体図を見ている。
 ステイカーはMARでポイントを示しつつ、
「侵入は三箇所。地下に一チーム、地上に二チーム。ヘリは使わない。あのタワークレーン――」
 屋上に八基そびえている。いずれも等間隔だった。
「邪魔だ。それぞれの距離も離れていないし全範囲カバーしてる。俺達がロープで降下している途中、Dがいずれかのクレーンの登頂からヘリに向かって飛びかかってくる可能性がある。機体に飛びつけなかったとしても、ロープを掴んで噛み切ろうとするだろう。無事に(・・・)降りたとしよう。最上階には遮蔽物がほとんどないから、今度はDの集団が一直線に向かってくる。やつらは絶対に止まらない。誰も助からない」
「悪夢かよ」と、ハントはぼやいた。
「だから手堅いルートで行く。(エコー)は東の棟。(ゴルフ)は北から――久しぶりの強襲実戦に嬉しくて泣いてるはずだ。で、俺達は地下から上を目指す。狙撃手は?」
「ここに置く。地上に出た分を全部始末してもらう。俺が残るつもりだったが、(ゴルフ)についていって西の上階で(エコー)の援護をした方がよさそうだな」
「西側か……」
 建物の中で、一番煩雑そうな場所が西側だった。立体図面ではなかったが、メッシュシートや合板の仕切り、ビニールの覆い、そういう視界の邪魔になるものが想定以上に多かった。全体の作りとしても、東側より工程が遅れているのが気になる。外側から見てわかるぐらいなのだから内側はもっと酷いはずだ。天井裏や、壁の穴など、あの這い回る連中が身を潜める場所がたくさんあるなら、かなりの危険地帯といえる。たとえEAPがあったとしても。
 ステイカーは顔をしかめた。
「正直に言って、今日をポー先生とダンピールの透視能力を競い合う日にしたくない」
「全く同感」
 何かをきっかけにしてプログラムエラーが起こらない保障は誰にもできない。一度システムが落ちれば復帰までにかなりの時間を要するはずである。その間の延命方法は自己の純粋スキルと地形による。それに戦闘中にコンタクトレンズを落とすことも充分考えられるし、突入する側としては、いついかなる時であろうと有利な状態を維持しておきたい。
 ハントは、「だが、しかたない」と首を振って続けた。「なんとかこそこそ確保して、いつでも逃げられるようにする。そっちで狩れるだけ狩ってくれれば俺の方には回ってこねえ。ま、頑張ってくれ」
(エコー)を頼む」
 海軍きっての狙撃手は片手を挙げてそれに答えた。「……まさか(ブラボー)がいてくれればいいのに、なんて思う日が来るとはな」ハントはそう言いながらもう一本煙草に火をつけた。彼にとっても、これが人生最後の喫煙になるかもしれなかった。
 ステイカーはにやっと笑って、
「あいつらがいたらいい具合の()になった」
 その時、レイ・ダウリングから通信が入った。地下侵入の準備は万端というわけだ。ステイカーは簡単に答え、今度は彼が連れてきた仲間を無線で呼び寄せる。ハントが(ゴルフ)の狙撃手に指示している間、先程確認した餌食者をもう一度観察した。そこにいることはわかるのだが、足組みとメッシュシートが邪魔で、顔まではわからない。EAPの判定では対象ブルーだ。ぎりぎりブルーなのだろうか。
「――ミーナか?」
 軽い調子で応答があった。
「この周辺の行方不明者リストで、記録の最後の日付けはわかるか。非公式の失踪で……ああ、そうだ」
 情報担当が住民たちのネットワーク接続履歴をあっという間に洗い出して、忽然と消えた日をあらかた予測した。リストの者たちのほとんどは、もういない。餌食者が〈R2クラブ〉に拐われた犠牲者の可能性もある。両方の都合を考えてみても、ぎりぎりの線だと彼は思った。時間が長いこと経っている。
 救出するのか、と渋い声のミーナ。それには答えず、ポランスキーに連絡をして状況を説明した。シスは沈黙を挟んで、可能か、と彼に聞いた。可能だ、と彼は答えた。
「ただし優先順位は落ちる……――了解した。やってみる」
 通信を切ってデスクから降りると、狙撃手は準備を終えたところだった。ハントが荷物をまとめて立ち上がっている。
「作戦開始時刻は二十二時五〇分だ。それから餌食者のことだが――」ステイカーは作戦事項を二人に伝え、ハントと共にオフィスから出ていった。
 
 
 スリーカウントで大爆発が起こった。音と衝撃が身体を揺さぶる――今の騒動で、DPの注目を半分以上は集めたはずだ。もう後には引けなかった。EセッションとGセッションも同時に行動を開始している。
 地下駐車場と近接していたメンテナンストンネルの壁に大穴を空け、ステイカーたちは粉塵の中に飛び込んだ。ガスマスクのレンズ越しに、がくっと視界が乗っ取られたように入れ替わる――EAPが短距離範囲内で起動したのだ。たちまちマークされた集団が煙の奥に姿を現した。攻撃色の赤い物体たちが突進してきている。突然やってきた黒ずくめの何がしかに驚いているといいが――彼ら戦闘員だって平常時と同じように落ち着いてはいられない。とにかく対象を驚かし続けて良いポジションを取れるようにするしかない。
 一緒に突入したレイ・ダウリングのチームが特殊グレネード弾を投擲した。再び襲いかかってくる衝撃を駐車場の柱にはりついてやりすごし、すぐに射撃の体勢に移る。煙に紛れて全貌はわからないが、五体の怪物はやや混乱しているようだった。空中にばらまかれた銀チップから逃げるように散開している。
 だが、()()()()()()()、ダンピールたちが彼らの方へ向かってくるのがわかっていた。予測動線がこちらまで伸びている。
「こっちに来るぞ」と背後のチームメイトが鋭く言った。そんなことは知っているが、うめきたくなる気持ちは理解できる。その五体以外にも上階からマーカーが迫っているのが視界の端に見えた。数分後には、ここは戦場になる。
 素早く標的に狙いを定める。DPの外見はマクマートン兄弟と同じ血統だった。ふた首おばけだ。青白い顔に両目を赤く燃やし、死んだ人間の頭部を首もとで振り回しながら、やつらが疾走してくる。元は工事現場で働いていた男たちなのだろう、どいつもこいつも作業員の服を着ていた。蛍光色の黄色いベストが悪目立ちしている。余った頭部は、自分の首から生えた別の怪物の存在に驚いたような顔をしていた。
 瞬間、濁った目と視線が合った。捻じれた生首は彼を見ていた。怪物の頭も彼に吠えていた――慣れてはいるが、胸糞が悪い。身体を奪われたのか、仮面をつけていたのか、まるで見当がつかない連中だ。
 今はどちらでもよかった。
 ステイカーは耳障りな獣の雄叫びをあげる方の真っ赤な口を狙って、引き金をひいた。飛びかかってきた一体がスパイク弾の衝撃をまともに食らい、仰け反って地面に倒れる。続けて胸部を撃ち抜き、次の標的に連射した。相手が人間とは異なるため最初の死体が気になるが、やり損ねていても、”ピン”しておけばしばらく持つし、背後のチームメイトが終わらせてくれるはずなので、ステイカーは新たな脅威を正確に潰していく方に集中した。それに今戦っている兵隊タイプの性能は充分に知っている。完全にしとめるのは少し後でも構わない。
 三体目の心臓に弾を打ち付けたところで、レイ・ダウリングのチームに目をやった。壁に沿うようにして二手に分かれたので、お互い離れている。あちらもかたがついていた。つやつやした駐車場の床に、針山になった死体と血液がアートのように飛び散っている。レイと視線が重なった。彼と同じように黒ずくめの戦闘服姿で、顔にガスマスクをつけている。頷きが見えた。
〈アルファ2、移動する〉
 レイたちが先行する。マーカーの集団がまもなく地下にやってくる。倍の数だ。迎え撃つ準備をしなければならない。ステイカーたちも移動を開始した。銃口を向けながら、注意深く血と死体の間を歩いていく。時折り背後で撃ち抜く音がした。チームメイトが念には念を入れて死体を撃っている。
 地下駐車場はそれとわかるほどほとんど完成していたのだが雑然としていた。路面標示用の大量の塗料缶や、荷運び途中のフォークリフトなどが置き去りにされている。柱と柱の間は二車線ぐらいの間隔で、工事機材が通行の邪魔だった。
 接敵まで二分半。EAPがそう宣告した。
 最後尾のアルファ6に指示をして、中央通路寄りに停車しているミニトラックの陰に移動させた時、何かが視界を横切った。
「待て。誰かいる」
 駐車場はだだっ広く、照明も薄暗かったが、人の形をしたものが右奥に走っていくのが見えたのだ。全員、ただちに足を止めた。その間も凶暴なレッド・チームがどんどんこちらに近付いている。地下二階に続く傾斜路めがけているらしい。ちょうど彼らの真上を通過していた。
「Edgar、見えたか」
 システムに呼びかける。
 ――検知不能。範囲外。対象まで接近してください。
 接近しろだとこの野郎。ステイカーは心の中でうなった。
〈敵か?〉と、レイ。
「わからない。女のようだった。ミーナ、そっちは。アルファ1だ」
 各人がレンズを通して見たものは情報担当も見ることができる。
『今、画像解析してる――金髪の女で緑っぽいジャケットの――なに――だめ、間に合わない』
 接敵まで残り八〇秒を切っていた。DPの集団はどこかで合流したようで、数としては二十近くにもなっている。アドレナリンの吹き出るバルブが一段開くのがわかった。見えない敵に猛烈に不安になるよりはましだが、一度に相手をするには多すぎる。
「情報はそれだけか?」ステイカーは焦りを表に出さないよう極力声をおさえて彼女に聞いた。こんな時に意味もなく感情を表現しても全くの無益だ。
 ミナ・リュードベリは早口で状況を説明する。
『あと四分はかかる。身元データベースに改竄のあとが……早急に組み直してる』
 くそ、一体どうなっている。どう判断すればいい。疑問が立て続けにわいてきた。何故あの女は化物だらけの駐車場に一人でいるのか。たまたま運良く逃げ出せた餌食者なのか。政府機関のデータベースに侵入するようなやつがか。今すぐ追いかけるべきなのか。脅威があるのか。二十のDPよりも脅威があるのか。
 ポランスキーが通信に割り込んだ。
『相手が逃げた先は連絡通路よ。さらにその先は未完成の操作室。つまり行き止まり。今は眼の前のことに集中して』
 向こう側の柱に隠れているレイ・ダウリングに視線をやった。彼は首を振っていた。
〈慌てて追いかけると転んじまう。先にやっちまおう〉
 レイの言うとおりだ。なんであれ今はその余裕がない。ここにいる戦闘員は全部で六名。一人も欠けることができなかった。
 ステイカーは咽喉マイクを押さえた。
「了解した。ここで迎え撃つ。アルファ6、アルファ4、あのラインを越えさせるな。天井もだぞ。もし手前のラインまで到達したら後方に下がる」MARで視界に最終線を示した。「お前たちの時間はこっちで作る。合図があるまで撃ちまくれ」
〈アルファ4、了解〉
〈アルファ6、了解。いつでも〉
 LMG(軽機関銃)の射手が臨戦態勢に入っている。
「よし。残り二十秒……十秒、スタンバイ、スタンバイ……」
 傾斜路に影が見えた。「撃て、撃て、撃て!」
 掃射がダンピールの白い身体を激しく貫き、血の破裂を次々と生み出した。すさまじい血煙だった。そこら中に銃弾がふりそそぎ肉の塊ができあがっていた。銃声と豚の断末魔のような悲鳴が駐車場に反響し、鼓膜を叩いている。
 ステイカーは弾倉を入れ替え、射撃に集中した。何体をミンチと針山にしたか確認する暇もなかった。ふた首おばけは軍隊蟻のようなものだ。集団優位の意識も高いし、恐れることをまるで知らない。いくつかはチームメイトの銃火をくぐりぬけてこちらに突っ込んでくる個体が出てくる。すぐに壁に打ち止められたが、次から次へとやってきてきりがなかった。鈎のように尖った肘を交互に動かして這いずり回っている。
「くそ――上だ! 上だ!」
 LMGの射手がこちらに顔を向けて大声で喚いた。たちまち視界がさっと暗くなり、わけもわからず飛び退いて何かにぶつかり、自動小銃が凄まじい力で弾かれた。彼は感覚の世界に取り残されていた。なにもかもゆっくりと動いていた。背後にいたのはアルファ5だったが彼もアルファ5も衝突したことなど気にもかけていなかった。眼前の、憎しみのこもった赤い両目と長いこと視線がからみあい、目を離すことができない。頭の中で声が響く。同化か、死か? 同化か、死か? と。
 ホルスターに手を伸ばしたのは無意識の行動だった。ヤモリのように柱にしがみついている怪物の顔をめがけて何発も撃ち、全ての弾を撃ち尽くす前にステイカーは猛然と襲いかかった。背中から手斧を抜いて、ダンピールの首を二つまとめて切り落とし、胸部に銀杭を撃ち込んだ。釘なんかではない。本物の杭だ。ただし、強く握り込んでトリガーを引くと火薬の力で発射される。どすん、と腕が反動で弾かれた。床に倒れた白い身体は、胸から銀杭を生やし、ぴくりとも動かなくなる。そうでなくては困る。
「アルファ、下がれ! アルファ、下がるんだ!」
 死体に跨っていた態勢から素早く身を起こし、急いで後方へ駆け戻る。落とした自動小銃を拾い上げ、また走り、充分に距離をとって応戦した。くそ、と罵った――くそ、スリングがぶち切られている。あと少し避ける反応が遅かったら一体どうなっていたのか。
「――アルファ6、アルファ3、来い!」
 ぎりぎりまで援護射撃していた二人を呼び戻し、彼らが逃げられるよう全員で協力した。天井にピンされたせいで下半身だけぶらんこのように揺れるDPをこさえたり、爆発で一角を吹き飛ばしたりした。
 LMGの射手が態勢を立て直して、駐車場の路面に再び血の縫い目を作っている。第二ラウンドが始まったのだ。
 とにかく撃ちまくっているが、残弾数が気になって仕方がない。無駄なことは一つもできない。
 そうこうしているうちに、いつのまにか流れが変わっていた。ダンピールの数が明らかに減っている。チームに気力が漲るのがわかった。
「よし。よし。いいぞ。アルファ2、そっちは」
〈アルファ2、問題ない。前進できる〉
 アルファ5に視線をやった。大丈夫だと頷いていた。
 その時、
〈いや、待て――あー、もう一波来る、みたいだ〉とレイが言った。
「俺たちを一番危険視してるんだ」
 弾倉を入れ替えながらステイカーは言った。「今のうちに弾を補給するんだ。それでもまだ足りないのなら、DOGsを呼ぶ」
 空になったグリップに新しい銀杭を装填して、ベルトに差し込んだ。
「さっきより敵の数は少ない。あれがエコーに周るよりずっといい。俺たちでかたをつける」
〈了解〉
 ダウリングの応答の直後、激しい銃撃戦が再開された。
「ミナ、さっきの情報はどうなった? 生憎、こっちは()()()()だぞ」――
 


【2019/10/20 更新】
【2019/05/09 更新】

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