セッション 01

瞊暪切り替え

 01
 
 
 無線の呌び声に耳を柄たす。(゚コヌ)セッション、配眮に぀いたか、ず。すぐさたチヌムメむトの応答が返っおくる。゚コヌ、゚コヌ、準備完了。党郚で八名。声に緊匵が挂っおいる。
 ゞャック・・ステむカヌは粗末な壁に身䜓をはり぀けおその時を埅った。暗い宀内だった。党身黒色の戊闘服に、防毒マスクを着甚し、特殊匟を装填した自動小銃を携えおいる。ステむカヌは手元に芖線を萜ずした。無関係の人間からすれば、暗闇の䞭でバックラむトも付けずに䜕を確認しおいるのかず䞍思議がられるだろうが、圌には時刻が芋えおいる。手銖から浮かび䞊がるようにデゞタル数倀が衚瀺され、予定の時間たでもう間もなくであるこずを教えおくれおいた。目を䞊げるず、他にも芋えるものがある。壁の向こう偎で赀くピンされた物䜓ず残匟数だ。たるでモニタヌ画面を通しお呚囲を芋おいるようだが、コンタクトレンズ型の補助デバむスによっお珟実環境が拡匵しおいるのだ。しかし、ステむカヌにずっおそれはあたり奜たしいものではなかった。ハントの蚀う通り、県球ずいう人間の䞀番繊现な郚䜍に盎接取り付けるずいうこずが気に入らない。それに耇合型拡匵珟実〈〉の感芚にはいただに慣れないし、これからも慣れるものではないだろう。必芁だからやっおいるだけだ。珟に戊闘においお圹に立぀。
〈、配眮に぀いたか〉
〈、準備完了〉
〈セッション、党員(オヌル・)準備完了(むン・ポゞッション)〉
〈了解。党員(オヌル・)準備完了(むン・ポゞッション)〉
 グリップを握る手を、ぐっず持ち䞊げる。
〈埅機せよ〉
 呌吞音がマスクの䞭で反響する。
〈埅機せよ〉
   
〈突入〉
 ステむカヌは螏み出した。前方に照準を合わせお、コンクリヌト壁に挟たれた通路を玠早く進んでいく。䞊に衚瀺されおいる玢敵システム〈〉によれば――圌らぱドガヌだずかポ・ヌ・先・生・だずか呌んでいるが――敵の数は十䜓だった。画面のいたるずころで赀くピンされおいる。特に近い察象は芖芚の䞊でわかりやすかった。぀たり、いた最も脅嚁になる盞手は匷く発光し、たもなく接敵するこずを告げおいる。䜍眮はステむカヌの頭を䜕個も飛び越えた䞊方だった。が正確に機胜しおいるのなら、そい぀は二階の床䞋で泥酔したように䌞びおいるか  
 ステむカヌは突入準備を敎え、䞀息に飛び蟌んだ。スチヌル棚を眮いた手狭な倉庫だった。棚は壁に沿っおがたがたに眮かれおいるが、物は䞀぀も入っおいない。脅嚁を芋぀けた圌は即座にダブルタップした。
 さもなくば――倩井にはり぀いおいるのだ。
 通垞の自動小銃ずは異なるタむプの、硬質な金属音が激しく空気を叩く。察象はたもなく倩井に釘付け・・・になった。ボヌルペンサむズのスパむク匟が敵を仕留めたのだ。耳長の小鬌顔は、残酷な拷問に遭わされたかのように合板の頭郚に針山を䜜っおいた。それから心臓を狙い撃぀。敵を排陀したステむカヌは、腰から銀煙匟を取り出し郚屋に転がした。たた通路に戻っお圌が移動し始めた頃には、背埌で茝くガスが吹き荒れ郚屋の倖たであふれおいるはずだ。
〈䞀䜓射殺――〉
〈了解、䞀䜓射殺〉
〈䞀階、ダむニング、クリア〉
〈二階、寝宀、クリア〉
〈䞀階、通路、死䜓を確認〉
 ステむカヌは、䞀䜓、たた䞀䜓ず小鬌の暙本䜜成に集䞭した。簡易に䜜られた案山子盞手にスパむク匟を撃ちこんでいく。床、倩井、壁、郚屋の隅  非珟実的な匷襲䜜戊だった。だが、これはステむカヌ自身が過去の実戊で遭遇した敵の配眮を暡しおいる。
〈行け、行け、行けっ、止たるな、動き続けろ おい、お前――〉
 ハントのがなり声が無線越しに聞こえおくる。きっず盞手の肩を掎んでいるか、もっずひどければ胞倉を匕き寄せお粟䞀杯に凄んでいるはずだ。
〈簡単に死䜓に近づくな、銀煙匟が先だ 死にたくなければ蚓緎どおりにやれ わかったか、さあ行け〉
〈二階、移動する〉
〈接敵 二階、通路〉
 きらめくガスが煙るなか、いく぀もの郚屋を確保し終えお、ステむカヌは䞡開きの扉の前にたどり着いた。すぐそばに窓。はその奥で䞉䜓をピンしおいる。距離にしお五メヌトル範囲内だった。無論、正面突入は危険を䌎う。だが、通垞戊闘であれば、これほど接近しおいればどこにいようず盞手はこちらの䜍眮を認識しおいるはずなので、どこから突入しようず同じこずだ。それに珟圚、単独襲撃䞭だ。扉や壁を砎壊しおくれる仲間は䞀人もいないし装備も限定的だった。
 閃光手抎匟を取り出したステむカヌは安党装眮を抜いお玠早く窓から投げ入れた。衝撃に備える。砎裂した盎埌に正面扉からなだれ蟌んだ。燃え尜きたマグネシりムの薄い煙の向こう偎で、合板に金髪女のポスタヌが貌られ、文字通り棒立ちになっおいるのが芋えた。
 その真隣りに䞀䜓。人質の腰のあたりに案山子小鬌の頭郚がある。玠早く狙い撃った。金属を叩き折るような音を立おおスパむク匟が宙に展開される――発射の衝撃で釘を䞀段䌞ばすためそのような音がする――それは小鬌の顔に襲いかかり、正確に口の䞭に呜䞭した。壁たで吹っ飛んで撃ち留め(ピン)される。続けざた心臓を狙っお貫く。二床ず起き䞊がれたい。
 もう䞀䜓。パむプ怅子に男の人質。その隣。ダブルタップ。床に釘付けになる。心臓を貫いた。化物を殺すにはほどほどの杭が必芁だ。
 最埌の䞀䜓。ステむカヌは䞀瞬の刀断でその堎を転がり危機を脱した。郚屋の隅にいた案山子が高速で圌に襲いかかっおきたのだ。実際は敵を暡した暙的が倩井のレヌルに添っおこちらに突進しおきただけなのだが――背䞭から手斧を抜いお䞀息に暪にないだ。すっぱりず切断された小鬌の頭が、反察の壁たで飛んでいく。切断面は高熱に燃やされたように赀く燻っおいた。すぐさた空いおいる方の手で小銃を構え、心臓を狙う。党匟呜䞭。小鬌の動きが完党に止たった。
 埌方にたたらを螏んでいた足を止めた。い぀も、あずになっおから、必芁以䞊に距離を取っおいたこずに気付く。静寂の䞭、肩で息を敎える自分の呌吞音が、たるで別の誰かが発した音のように聞こえおいた。照明がパッず぀いお呚囲が明るくなった。銃を䞋ろした。力を緩めたこずで、手斧から䌝わる振動も静たっおいく。もう終わったのだ。
 無線では激しい亀戊のやり取りが聞こえおいる。どうやら、察象は通路でセッションず遭遇したあず倩井裏に逃げお、それから別の郚屋にいた構成員に襲いかかったらしい。ステむカヌは銖を振った。その堎に自分がいないこずに腹が立぀思いがした。
〈駄目だ、近すぎお撃おない――連れお行かれた〉
〈俺がやる ゚コヌ、移動する〉
〈䞀階東の窓だ  俺・は・こ・こ・だ・ 窓から出ようずしおいる〉
〈゚コヌ、゚コヌ、反察偎から远い立おろ。どこもかしこも銀の煙だ。や぀にもう逃げ堎はない〉
〈了解した〉
〈芋えた〉
   
 ステむカヌは、床から五〇センチほど底䞊げされた通路から降りお、暡擬蚓緎堎を埌にした。振り返っお改めお芋れば、巚倧なドヌルハりスのようだった。地䞋斜蚭に造ったものにしおは満足できるものだ。圌が床に降り立぀ずすぐに換気が始たる。同時に倩井から鈎付きワむダヌが䞋りおきお壁を次々ず解䜓しおいく。壁ずはいえコンクリヌトの郚分は衚面だけで、内郚は朚の板だ。たあたあ重量があるものの、人間でも持ち運べる重さだった。それが組み立お匏の本棚のように合わさり、さきほどの暡擬堎を䜜っおいたずいうわけだ。状況によっお郚屋の数や広さを自由に蚭定できるし、暙的ず人質、そしお簡単なギミックたで機械で蚭眮するこずが可胜だった。たいそう金がかかった䟿利な代物だ。昔であれば自分たちで角材ずネゞを䜿っお倧工仕事をしおいたものだ。
 倩井クレヌンが壊れた壁をせっせず持ち䞊げお修理堎送りにするのを芋おいるず、解䜓が進んだせいで、向こう偎の監芖宀たで芋通せるようになる。防匟仕様のガラスで囲たれたスペヌスに監芖圹が座っおいる。ここの芏則ずしお䞀人で蚓緎を行っおはいけないので、ステむカヌが友人を連れおきたのだ。蚓緎結果を監芖圹に確認しなければならない。
 充分に換気が終わった頃に、圌はガスマスクをはいで監芖宀に向かう。䞭に乗り蟌むず、そい぀はデスクの䞊に足を投げ出しおポヌタブルゲヌムに熱䞭しおるずころだった。ステむカヌは片眉をあげた。
「成瞟は」
 友人はゲヌム画面から目を䞊げ、モニタヌを芋た。そこには䜕も衚瀺されおいなかった。タむムすら蚈枬しおいないのは明癜だった。にもかかわらず、
「はいはい、満点満点」
 こい぀、自分のゲヌムのスコアを蚀っおないか
 圌は仕方なくキヌを叩いおタむムず射殺数の敎合を取った。及第点ずいったずころだ。しかし、タむムは以前より秒劣っおいるのが気になる。念の為、盞手に聞いおみた。
「なあ、俺のこず芋おくれおたか」
「いいや」
 ステむカヌはため息をはいた。
「やる前に蚀っただろ 問題があるかもしれないから、䜕かあれば指摘しおくれっお。お前の協力が必芁なんだ」
 無線では状況が終わったこずを報告しおいる。゚コヌ、レむ・ダりリングが察象を完党に沈黙させた。軜傷者䞀名、死者は無し。これから情報を掗い出すようだ。もう心配はいらないはずだった。
 監芖圹の友人はポヌタブルゲヌムを䞀時停止させおステむカヌを芋た。
「ゞェむ君よお、俺は䌑憩䞭にこんなずころに駆り出されおるんだぜ。本人がどうしおもっお蚀うからさ。ずころで俺がどんな仕事をやっおるか知っおる 食堂枅掃兌、シヌツ掗い兌、お前たちの䞋着掗い兌、電気工事兌、蚓緎壁修理係なんだよ。そんな俺に䞀䜓なにがわかるっおいうんだ それに、芋ろよ、あの、あれを」ず、友人は向こうの方を顎で瀺した。そこには、修理埅ちの安壁が倩井近くに収玍されおいる。「倧量に仕事を増やしやがっお」
 広倧な地䞋蚓緎斜蚭は静かだった。射撃堎、匷襲蚓緎堎、運動斜蚭  等々、非垞に充実しおいる堎所だ。しかし、実のずころ二人以倖に誰もいない。
 がらんどうの蚓緎斜蚭だった。
 ステむカヌは蚀った。
「わかった。あずで録画映像を芋る。自分でな」
「それがいいね」
「ずころでうちのセッションに加わる気は」
「ないよ。ずおも忙しい」
「そうだよな」ず、ステむカヌはにこりずもせずに監芖宀を出お行った。たったく、むか぀く野郎だ。怒りながらスリングを身䜓から倖し、蚓緎堎を埌にしようずする。その時、出口に人が立っおいるこずに圌は気が付いた。
「良い成瞟だわ、ステむカヌ。䞀人で十䜓を盞手にしお」
 玺色のスヌツを着たアグニ゚シュカ・ポランスキヌが圌を埅っおいた。胞元では銀色の十字架が鈍く光っおいる。
「戻るのが早くお驚いたわ。肩の調子はどう」
「悪くないよ」ず、ステむカヌは軜く肩回した。「どうもごぶさた。欧州から垰っおきたばかりか、シス」
「぀い先皋ね。怒涛のスケゞュヌルでどうなるこずかず  」
 盞手は四十代埌半の、黒い目が聡明に茝く女性だ。仲間たちの間では圌女はシスずか、ビッグ・シスタヌなどず呌ばれおいる。本名はポヌランド系の名前だが、圌女の人皮構成は非垞に耇雑だった。倖芋は黒人女性なのでアフリカ出身だず思う人間が倚いが、囜籍はむタリアである。ポランスキヌのような者は別に珍しくはない。ここではそんな人間が倧半だった。
「仕事終わりに、゚ヌゲ海でバカンスずはいかないか」
「私以倖の人たちは期埅しおいたみたいよ。あの銬鹿隒ぎ奜きの人たちのこずよ。圓然そんな予定を立おられるはずもないんだけど」
 二人は他愛もない雑談をしながら蚓緎堎を出お、通路を歩き、歊噚保管宀に入る。朚棚ずアクリル板で䜜られた半個宀型の堎所だ。ガン・マニアなら泣いお喜ぶずころだった。必芁なものは必芁なだけ手に入れるこずができるので各人莅沢な暮らしぶりである。ずはいえ、敵に有効な歊噚は限られおくるため実戊で䜿えるものは絞られおくるのだが。ステむカヌは自分の区画に入り、身に着けた装備を取り倖しおいく。その倖で、ポランスキヌは腕を組んで圌を眺めおいた。
「セッションのこずは聞いおる」
「たあ。だいたいのこずは」ステむカヌは特殊匟倉を小銃から倖した。「䜕を芋぀けたかは、ただ知らない」
 ポランスキヌは軜く頷く。
「どう思う 䜜戊に出すには早すぎた」
 なんず答えるか迷うずころだ。ハントずダりリングのプロ二名がいなければ同胞が䞀人、確実に死んでいたのは間違いない。
 ステむカヌは手に持っおいた銃ずマガゞンを䜜業台に眮いおポランスキヌに目を向ける。
「チヌムに参加したあの二人に聞くのが䞀番いいだろうな」
「正盎に蚀っお欲しいわ。あなただから聞いおいるの」
「少なくずも、今日は䞀぀結果を出した。俺なら前に進たせる」
 ポランスキヌはたた頷いお、「私ず同意芋ね」ず蚀った。圌女は頬に手を圓お小さく息を぀く。「セッションの党員が、あなたぐらいの技胜だったらいいんだけど  」
「倚額の皎金が必芁だ」
 ポランスキヌは圌の皮肉に埮笑んだ。
「元・レ・ゞ・メ・ン・ト・の人間ず比べるものじゃなかったわね」
「どうかな。俺はろくでなしのクズだった」
 それは倱瀌した、ずでも蚀うように圌女は眉を䞊げた。
「で、そっちは ブラボヌチヌムに同行したっお聞いおる」
 圌女は口を匕き結んだ。どう芋おも腹を立おおいる。
「ええ、察象は完党に消えおなくなったわ。倉庫ごず消え倱せおくれたのよ。これがどういうこずかあなたにわかる」
「いや  」圌は頬骚を芪指でかいおから、片付けの続きを再開した。倧方は予想が぀いおいたもののポランスキヌをあたり刺激したくなかったので、黙っおおくこずにする。
「埌で速報を芋おご芧なさい。ひずずきの間だけ、楜しくなれるから」
「そういえばブラボヌの姿が芋えないな。あい぀らは無事なのか」
「無事だから問題なんでしょう」ず、ポランスキヌは小麊色の額に指を圓おる。圌は密かに面癜がった。たるで”䞀緒に吹き飛んでおいおくれたら䞞くおさたったのに”ず蚀わんばかりだ。
「眰ずしお特別な指瀺を出したわ。自力の垰囜には時間がかかるから」
 どうもや぀らは盞圓のこずをしでかしたらしい。俄然、ニュヌスを芋るのが楜しみになっおきた。
 スチヌル補のロッカヌを閉めおステむカヌは、
「俺から蚀えるこずは、ブラボヌの調教は゚コヌの䜜戊よりも倧仕事になるっおこずだよ」
 圌女はため息を぀いた。機関の責任者の苊劎は蚈り知れない。
「頭が痛むわ。問題児はあなたたち䞉人だけで充分なのに」
「酷いな、シス  」
 それから二人は保管宀を出お゚レベヌタヌに向かった。道䞭、いろいろなこずを話した。今月の予算のこずずか、人員のこずずか、機関の運営に関わる内容だ。圌は䞻に蚓緎や戊闘行為にかかる蚈画に携わっおいたのでポランスキヌずはそういう話をい぀もする。しかし、そろそろ雑務は誰かに譲っおしたいたかった。圌の本音はこうだ。蚓緎蚈画はずもかくずしお、垳簿の残高を気にするこずず、請求曞をボヌドにピン(・・)するのは俺の仕事じゃない。
「――ずにかく、今は我慢しお付き合っおもらわなきゃ」せかせかず前を歩きながら圌女は蚀った。ステむカヌは、地䞊行きのボタンを抌す盞手を芋䞋ろし、
「わかっおるよ、ビッグ・シス。だけど、䞀番の問題はそこじゃない」
「聖域サンクチュアリ」ポランスキヌの黒い瞳が向けられる。
「  私がいない間に䜕か倉わったこずは」
「なにもない。䜕週間もずっず同じだ」
 䞀瞬、圌女の目が深刻そうにかげるのをステむカヌは芋逃さなかった。すぐに毅然ずしたものに戻るのだが。
「わかった」ポランスキヌは続けお、「あなたも知っおいるずおり、最近の〈クラブ〉の行動が気になる。聖域にはなんずもしようがないけど、なんずかしないずいけない。わかっおいるわよね セッションの件は真剣に怜蚎しおおいお」
 ゚レベヌタヌが地䞊に到着した。ポランスキヌは真っ先に䞋りおステむカヌを振り返る。「でないず私達、もうおしたいよ」
「了解、ビッグ・シス  」
 忙しなく遠ざかっおいくポランスキヌの足音が、自動扉に遮られおいく。ステむカヌは壁に背䞭をあずけた。はやくシャワヌを济びたくお仕方がない。胞に芚える小さな䞍安感も同時に掗い流しおしたいたかった。
 各地に散らばっおいる組織矀の䞭栞にあたる、この〈アダムの骚〉は、臎呜的な問題を抱えおいる。
 慢性的な人手䞍足なのだ。
 
 ✣
 
「  チヌフ。車内犁煙ですよ」
 がたごずず揺られながらレむ・ダりリングは目を䞊げた。フルサむズの改造バンの䞭では、歊装した人間が窮屈に詰め蟌たれおいた。が、ある男の呚りだけは心なしか座垭に䜙裕があった。オヌクリヌ瀟補の〈ゞュリ゚ット〉サングラスをかけた倧男だ。幎霢は䞉〇前半。茶色の髪はくせが匷く、短髪にしおいおも鳥の巣のようだった。顎の呚りの無粟髭が目立っおいる。名前はりィリアム・ハント。ダりリングの元䞊叞だった。ずっずチヌフず呌んでいたのでそのたたの呌び名を続けおいる。
 ハントは無蚀で煙草をもみ消しお窓をぎしゃりず閉めた。
「開けずいおくださいよ。こもるから」
「うるさいぞ、レむ」
 やれやれず銖を振っお、呚りに目を向けた。笑っおくれるや぀が䞀人くらいはいるかず思ったが、そんな人間はいなかった。なんだか党員萜ち蟌んでいる。出発前は、「俺に成果をずられるなよ」ず蚀い合うほどやる気が挲っおいたのに、今は悪魔に魂を抜かれおしたったかのようだ。
 そうなのかもしれない、ずレむ・ダりリングは思った。初戊は誰でも憂鬱になる。怖気づき、こんな仕事を続けられるのだろうかず自分を疑う。圌も最初はそうだった。
 チヌフは盞手に期埅をしすぎなんだ。俺なんお、や぀らを芋た時はその堎を飛んで悲鳎を䞊げたっおいうのに。
 そんなこずを考えながらダりリングは蚀う。もう少しねばっおみおもいいかなず思ったからだ。
「それに怖がられおたすよ。もうあんたに絡むや぀が䞀人もいなくなるかも」
「ほっずけ。孀独に飜きたら海に出るだけだ」
 䞀週間前たで「くそったれの海」ずかなんずか蚀っおいたような気がするが。ハントの機嫌がしばらく盎りそうにないこずを改めお確認したダりリングは、耳にむダホンを぀めお音楜プレむダヌを再生した。垰ったら無添加のチヌズ・ブリトヌを食べたかった。疲れおいたし、腹が枛っおいた。
 〈アダムの骚〉に垰還したセッションはその堎で䞉々五々に散っおいった。䞉〇分埌に䜜戊報告宀に集たるよう指瀺を出したのでたた顔を合わすこずになる。しかし、ハントずダりリングの二人はフル装備のたた報告宀に向かった。報告聎取の前に話をしおおきたい盞手がいたのだ。ハントが扉を開けお二人しおのしのしず䞭に入るず、そい぀は空垭のプラスチック怅子に囲たれるように座り、䞊でニュヌス動画を芋ながら玅茶を飲んでいるずころだった。真鍮色の髪に緑色の目をした若い男だ。ダりリングの目から芋おも端正な顔立ちだが、どこずなく野性的な雰囲気がする。そのくせやけに掗緎された郚分も兌ね備えおいるのでダりリングには時々奇劙に思える男だった。
 ゞャック・・ステむカヌ。そんな圌らの友人は珟圚、巊腕ず右足に倪い石膏ギプスをはめおいる。その衚面にはタむムずキル数、そしお「がくを任務に連れお行っお」ずいう文字がピンク色のマゞックペンで曞かれおいた。
 ハントがダりリングずサングラス越しに目を合わせ、圌に聞いた。
「  俺たちが䞀日いない間に䜕があったんだ」
 ステむカヌはギプスをはいで床にがずりず萜ずす。「こうしおいるずデスクワヌクが枛るんだ」
「お気の毒様」ダりリングは笑った。盞倉わらずこのむギリス人はおかしなや぀だった。
 ステむカヌはハロヌ・キティのプリントされたマグを怅子に眮いお文句を蚀う。
「おい、俺は蚀われたずおりに蚓緎の目暙を達成したんだ。䜕か蚀うこずがあるんじゃないか」
 ダりリングずハントはにやっず笑った。
「”埩垰おめでずう“」
「どうもありがずう」
 䞉人は固く握手をしお、仲間が正匏に戻っおきたこずを玔粋に喜んだ。
「それで、䜜戊はどうだった」
 マグに口を぀けおステむカヌが䌺った。圌が珟堎のラむブ音声を党お聞いおいたこずは二人ずも知っおいる。
「最悪だ」ず、ハントは怅子を匕き寄せお逆座りした。「党く最悪だ」
 ダりリングも銃を隣に眮いお、隣に座る。䜕か食べるものがないかずあたりを芋回しおいたら、ステむカヌがテヌブル代わりにしおいた怅子の座面から、きゅうりのサンドりィッチの乗った皿ずカップを枡しおくれた。ダりリングは内心それがチヌズ・ブリトヌじゃないこずにがっかりしたし、たたあのべずべずに甘いお茶を飲たされるのかず思ったが、空腹だったので我慢をした。よくよく芋たら壁際にきゅうりサンドがたくさんある。ステむカヌが䜜ったのか、他の誰かが䜜ったのか  
 ハントはお茶だけ受け取っお、すぐに飲み干した。背もたれを抱きかかえるようにしお、
「最初に嫌な予感がした。車内で青ざめおいるや぀がいるから、どうしたんだず聞いおみた。党カヌトリッゞに非殺傷暡擬匟を詰めお実戊にやっおきたそうだ」
「すごいな。倧物だ」ずステむカヌ。「それで  」
 ハントはグロヌブを倖しお芖線を萜ずし、いじりながら蚀う。
「時間がなかったから半分俺のをやった。で、俺はその時耳元で囁いた。『無駄撃ちはするな。かずいっお撃ち枋るな。もししくじれば  間違いなく腹ペコ野郎に食われるだろうが、その前に俺がお前を殺しおやる』」
 ふヌむ、ずステむカヌは唞っおダりリングに芖線を投げる。圌もハントの機嫌の悪さを理解したらしい。ダりリングは肩をすくめおそれに応えた。
「他にもある。死䜓に䞍甚意に近づいたのず、蚓緎通りに突入手順を螏たなかったのず  倖に出すには早すぎたんだ」ずダりリング。「あい぀らにしおはよくやっおいるず思う。だけど、俺にはただ足りない」
「本戊は」
「無理だな」
 きっぱりず蚀っおから、りィリアム・ハントは声の調子を萜ずしお付け加えた。「  たあ、少なくずも、䞉ヶ月は」
「そうですかね。俺は遞抜からもう䞀床やりなおさせたいくらいだ」
「お前、俺より厳しいな  」サングラスの奥の目の衚情はわからないが、圌の眉は困ったように䞋がっおいた。「さすがにそこたで考えおない」
 二人を静かに芋比べお、おやおやずステむカヌは思った。機関で䞀番悪態を぀くハントよりも、䞀芋おだやかなダりリングの方がキツむ珟実を蚀っおくれる。無理もない。圌はいただ珟圹の軍人なのだから。
 ステむカヌはそれずなく告げる。「ずおも蚀いにくいんだが  レむたちの突入ず同時に長䞁堎の蚓緎をしたが、俺のほうが早く終わった」
 それを聞いおハントは萜胆しおいた。蚓緎を積んだ盞手ずはいえ、病み䞊がりの人間の単独行動に劣るずは。圌はチヌムの䜜戊指揮を取っおいたのでなおさらぞこんでいる。
 レむ・ダりリングは銖を浅く振った。
「最初から無茶な話だった。をやればすぐに結果が出る。゚コヌの連䞭は誰もヘルりィヌクを越えられないだろうな。俺たちの基準で考えれば  」
「わかった。党郚蚀わなくおもいい。だけどな、兄匟、今は仕方ねぇだろう。俺達の手札は少ないんだからな。玛争地の人間を教育しおいるようなもんだ。荒れ地でどうやっお人を集める たあ、匷みがあるならひず぀だけだ。やる気は誰よりもある。目には芋えないが、倧事なものだ」
「その蚌明が必芁か」ずステむカヌ。二人は少し考えた。ダりリングが口を開く。「ああ、必芁だ。困難を乗り越えれば自信になる。それに、どんなずきも心の支えになる」
「考えおおこう。い぀かきっずそう蚀うだろうず思っおた。セッションは䞀時解散するこずになるだろうが――」
 それから䞉人はチヌムの方針に぀いお話し合った。機関でも実戊経隓が豊富な人間はずりわけこの䞉人だった。ずいうか、䞉人以倖に戊闘プロフェッショナルがいなかった。どれだけ人手に困っおいるかわかっおもらえるだろうか。聖域サンクチュアリが䞍圚のいた、自分たちでやれるこずをやるしかなかった。
 満足するたで話し合ったちょうどその時、アグニ゚シュカ・ポランスキヌずセッションの構成員、それに䜕名か補䜐の人間が䜜戊報告宀に入っおきたので、急に隒がしくなった。ポランスキヌは鋭く手を叩いお泚目を集める。
「さあ、始めたしょう。もう準備は敎っおるわね」
 ポランスキヌは狌の矀れをたずめる頭領のような存圚だ。い぀も鋭く、きびきびしおいる。䞉人そろっお圌女を振り返り、
「  俺たちも早く独り立ちしないずいけないな」ず、ハントが小さくがやいおいた。
 
 
 ここ、〈アダムの骚〉の即応チヌムはからたで存圚する。
 (アルファ)。ステむカヌ、ダりリング、そしおハントなどの、機関の初期から勀める者たちのチヌム。構成員の技胜レベルが高いため、困難な業務はほずんど圌らがこなしおいる。
 (ブラボヌ)。ずりわけ攻撃に特化したチヌム。珟圚囜倖掻動䞭だが、自分たちのしでかしたこずに始末を぀けさせられおいるので垰還時期は䞍明。
 (チャヌリヌ)。再構成だがほずんど新蚭ず蚀っおいい。囜倖蚓緎䞭で来月垰還の予定。
 (デルタ)。同じく再構成。ず共に囜倖蚓緎䞭。
 (゚コヌ)。さらに新蚭した。圌らの色はこれから明らかになるはずだが、その前にチヌムそのものが維持できるかどうか怪しくなっおきた。
 (フォックストロット)。名誉の氞久欠番。぀たり最初期の方で構成員が党員死亡したためである。
 (ゎルフ)。通称ゎヌストず呌ばれおいる。諜報任務を䞻に受けおおり、それは最終的にに匕き継がれるこずが倚い。その件に぀いお本人たちはやや䞍満なようだ。
 機関は軍隊ではなく民間譊備䌚瀟()の䜓を取っおいるのだが、実際は芁人譊護の仕事よりも積極的掻動を数倚く行っおいた。甚があれば突然乗り蟌み倧隒ぎしお垰っおくる。合法的な組織かどうかここで蚀及するこずは差し控えるが、珟圚のずころ合衆囜連邊政府ず秘密裏に契玄を結んでいるので、誰の目にも芋えない法的䞍備䞋の掻動状態いうこずになる。他にも契玄を結んでいる政府は存圚する。
 ポランスキヌが腕を組んで怅子に座っおいる。報告を聞き終えた圌女はスクリヌンを芋䞊げお蚀った。
「射殺したは二䜓。舌の裏偎にダブルの  。マクマヌトン兄匟の〈クラブ〉の関䞎は間違いなさそうね」
 スクリヌンには射殺死䜓が投圱されおいた。撀収する盎前に情報収集ずしおが撮圱したものだ。ポランスキヌが蚀うずおり、拡倧写真の䞀぀に、ピンク色の䞊皮にを重ねた暡様がどす黒く沈着しおいるものがある。だが、射殺死䜓の異様さに比べれば、そんなものは些现な違いでしかないだろう。
 なんずも気味の悪い生き物だった。
 異垞に長い手足。肘の関節が捻じれ、発達し、鈎のように背埌たで鋭く尖っおいる。銖はゎム人圢のように䌞び切っおおり、付け根からもう䞀぀頭郚らしきものが生えかけおいる。らしきもの、ずいうのはそれが人間の頭ずは䌌おも䌌぀かないものだからだ。たず目に぀くのは、赀い䞡目をカッず芋開き、邪悪な圢盞でこちらを睚み぀けおいる顔だ。額や頬に特殊匟でピン(・・)されおいるにもかかわらず、倉わらず敵意や悪意をこちらに向けおいる。膚れお倉圢した前頭骚――どこずなく蝙蝠の頭に䌌おいる――、むき出しの無数の牙、屈折した長い指、長い爪、脇の䞋のだぶだぶした皮膜、癜い肌に赀い䜓液がぬら぀き、腕はもう䞀察ある。人間らしいずころずいえばその腕ずネむル・マクマヌトンの元(・)頭郚だけである。
 グロテスクずしか蚀いようがなかった。化物の銖にひっ぀いおいるネむル・マクマヌトンの恐怖ず倱望の衚情がなおのこず気分を悪くさせた。の䜕人かはスクリヌン䞊の、自分たちが撃ち殺した生き物を我慢しお芋おいるが、内心では目をそらしたいず思っおいるに違いない。ステむカヌは目だけでのメンバヌを芋た。䞀人、写真の前で動揺しおいる人間を芋぀けた。䜜戊圓時、マクマヌトンに連れお行かれた男だった。あずで心理カりセリング宀に匕っ匵っおいかないずいけないな、ずステむカヌは思った。最悪の堎合は䌑逊ずいう意味で田舎の譊備をしおもらう。
「それで、この死䜓は」ず、ポランスキヌ。
「珟堎で簡単に解剖した埌、特泚の死䜓袋に入れお合衆囜政府宛おに送付した。途䞭で灰になっおいるず思うけど」
 ダりリングが答える。圌は先皋からスクリヌンの隣に立っお詳现を報告しおいる。の誰かが聞いた。「なんで政府があれを欲しがるんだ」
「䞀぀は、俺たちがちゃんず仕事をしおいるかを監芖しおいる。もう䞀぀は情報集めだ」
 ダりリングの簡朔な説明に、たた誰かが蚀う。
「そのうち生け捕りにしろなんお蚀うんじゃないだろうな  」
 薄ら寒い沈黙が挂う。誰もが、その堎で殺さなければチヌムの誰かが死ぬず思っおいる。それは他でもない、自分かもしれない。
 しかしステむカヌにはわかっおいた。自分たちの装備でならその䜜戊は可胜であるずいうこずを。圓初からそれは想定されおいたのではないかず圌は思っおいる。
「倧䞈倫。もし仮に捕獲任務になったずしおも、あなたたちにはさせない」ずポランスキヌは軜く蚀っお、すぐに話を倉えた。
「クラブの溜たり堎はミヌナが調べおるけど――それで、ミヌナ 持ち垰った情報に䜕か面癜いものはあった」
 圌女が通信端末でそう問いかけるず、スピヌカヌからすぐに返事があった。情報責任者のミナ・リュヌドベリだった。
『特には。い぀もの゚むリアンの巣が埅ち構えおるかもっおだけ』
「䞀〇䜓ぐらいか」ず、ハント。
『ううん。これを芋お。あなたたちの埌ろに投圱した』
 振り返るず扉の前に半透明の小さな町ができおいた。䞊で擬䌌立䜓図を芋せおくれるらしい。党員でその呚りに集たっおしげしげず芋䞋ろした。
『マクマヌトンの蚘録ずガ゜リンスタンドの利甚歎ず諞々のカヌド情報から割り出した堎所。特にここ――』
 地図を䞊からぱっず芋お、俺がや぀らならその堎所に根城を䜜るな、ずいう所をミナ・リュヌドベリが手曞きで䞞く瀺した。すぐに街の䞀郚が拡倧される。
『商業斜蚭の工事珟堎』
「でかいな」ず、ステむカヌは呟いた。
 䞉次元立䜓図は地䞊階、地䞋階の巚倧な建物だった。ただし、それは完成されおおらず、かじられたホヌルケヌキのように穎が開いおいる。
「工事蚈画はどうなっおる」
『ちょっず埅っお  そうね、簡単に蚀うず、半幎前、地䞋排氎蚭備を工事しおいる途䞭に図面にない叀い排氎パむプが芋぀かっお、そこから化孊汚染氎が流れおきたから䜜業が䞭断されたみたい』
「本圓に汚染氎ならいいんだが」
 ステむカヌの蚀葉に、の誰かが聞いた。
「や぀らは泳げるのか」
「そういうや぀もいる」
 たじかよ、ずうめく声がした。
「呚蟺䜏民はどうしおいるの もしこんな倧きな堎所にがいるのなら、誰かが芋おいるはずでしょう」
『工事がストップするず同時にみんな転居しおいった。䟋の無意識的・集団危機回避っおや぀ね。逃げ遅れた人たちもいるず思うけど、そういうのは䞭に匕きずられおるはず』
「぀たり  呚蟺含め、このあたり䞀垯が街の空掞地区になっおいる、ず」
 ポランスキヌの結論に、ミナ・リュヌドベリは肯定した。『そう。あの子におあ぀らえむき』
「どのくらいいるかな」ダりリングが立䜓図から目を離さず聞いおくる。ステむカヌは答えた。
「四十は手堅いな」
「俺もそう思う」ず、ハント。
 ステむカヌは銖を振っお続ける。「最䜎でも四十。六十はいない。堎所は広いが、そんなに倚いず食料が䞍足する。マクマヌトン兄匟は二週間に䞀床、䞀人か二人を攫っおいたから、小芏暡集団を維持する皋床になるだろう」
「四十から五十」ずダりリング。
「そのくらいだ」
 ハントはふいずきびすを返し、怅子に立おかけおいたラむフルを肩に担いでたた戻っおきた。「聖域抜きなら、゚コヌも連れお行かないずだな」すれ違いざたにそう囁き、
「おさきに」
 身振り぀きでハントは報告宀を出お行った。
「どうする」ダりリングがこちらを芋た。盞手は、やれやれ仕方ないな、ずいう目をしおいた。尋ねおはいるが、すでにどういうこずになるか想像が぀いおいるようだった。
 案の定、それはすぐに始たった。
「  俺達もあんたたちず䞀緒に」
「化け物の矀れを、ここの党員で 二十人にも届かないのに」
「有効な䜜戊は」の面々が口々に蚀う。
 ステむカヌは拳を口に抌し圓お、数秒の黙考を挟んだ。問題は単なる数の話ではなかった。「少し考えさせおほしい」ず圌は蚀う。
「軍の支揎はないのか」
「支揎はない。これたでもなかったし、これからもない」
「――冗談じゃないぜ。連䞭は元々仲間なんだ。あい぀らも手䌝うべきだろう」
「無理だ。そうするず、お前の蚀うずおり”連䞭の仲間”を俺達が連れおくるこずになる」
「酷ぇ話だ  」
「あのヌ、ちょっずいいですか」
 の䞀人、む・ゞュンスが手を挙げた。元譊察官である圌はの䞭でも特にスキルが高い人物だった。
「僕たちにはすごい特効薬があるっお聞いおるけど、それは今どうなっおるんです ずいうか、そのひずはどこに」
 みながこちらを向く。
「  プヌルだ」ず、ステむカヌ。「聖域はしばらくそこから出られない」
 するず「プヌルっおなんだよ」ずか、「聖域っおどういう意味だよ」ずか、「俺達はどうなるんだ」ずか蚀っおくるので、ダりリングずステむカヌは䞀人䞀人蟛抱匷く盞手をするはめになり、ポランスキヌが鋭く指笛を吹き鳎らすたでごたごたは続いた。
「静粛に――静粛に 私達にはただ情報が足りない。今、ハントず䞀緒にを向かわせおるわ。ミヌナは衛星画像やセキュリティカメラを䜿っお監芖を続けお。ずは時間埌に最召集をかけるから、それたで各自郚屋で䌑むなり家族に電話するなりしおおきなさい。今あなたたちにできるこずは䜕もないの。私がないず蚀ったら本圓にない、わかった 解散」
 二人に半ば食っおかかっおいたチヌムは拳を匕っ蟌めお、しぶしぶずいった様子で郚屋から出お行く。ダりリングは肩をすくめ、「俺は䞀眠りするよ。それから冷蔵庫にあるブリトヌを食っお、たた戻っおくる」
 お前も䌑めよ、ずステむカヌの肩を叩いおダりリングもその堎を埌にした。
 
 ✣
 
 ここに来るず、血は薬品の匂いだず錯芚しそうになる。
 束になった医療甚チュヌブが四方から巚倧な氎槜に垂れ蟌んでいる。絶えず送られる薬液は赀く、氎槜の䞭で䞀定の量を保っおいた。ポンプの可動リズムを衚した電子音、静かなモヌタヌ音、その他色々な蚈噚類、暗い照明  この医療宀に入るこずができる人間は〈アダムの骚〉でも限られおいた。圌らの間ではBloody(ブラッディ)・Pool(プヌル)ず呌んでいる。
 ステむカヌは壁際の怅子に腰掛け、商業斜蚭の立䜓映像を瞮小したものを芋おいた。ずはいえを付けおいなければ、片足を䞊げ、膝の䞊に腕を茉せ、ひず気のない所でなんずなくだらだらしおいるようにしか芋えないだろうし、映像の䞊から文字を曞き加えおいたり、階局を分割したものを真暪に䞊べお考え蟌んでいるずはずおも思えないだろう。思考が行き詰たったせいで、指先で仮想のペンがくるりくるりず回っおいた。
 誰かが医療宀に入っおきた。特にそちらに芖線を向けなかったが、ポランスキヌだずいうこずは足音でわかった。
「ペンの重みが無いのが、気に食わないんだ」ずステむカヌは呟いた。「なのにを付けおいないずきでさえ、仮想のペンがないかず探すこずがある。時々、芋えた気がするこずもある。珟実ず虚構の境界がわからなくなっおいるのかもしれない」
「重量を知芚できるむンプラントを䜜りたしょうか。気になる問題が䞀぀解消されるわ」
「そんなものを脳に埋め蟌たれるぐらいなら、俺はこの仕事をやめおやる」
 ステむカヌは圓然のように蚀いながら、䞉次元図から芖点を倖し、その向こう偎に焊点を合わせた。
 圌女(・・)がいた。聖域サンクチュアリず呌ばれるものの正䜓が、プヌルの䞭倮で半分沈んだ栌奜になっおいる。ひず目で死んでいるのがわかる状態だ。それが今のサンクチュアリだった。顔の巊半分はえぐり取られ、頭骚たでむき出しになっおいる。空掞になった巊の県窩、欠けた錻、頬骚、それに鋭い犬歯。被害は顔だけではなかった。巊腕は䞊腕から䞋が骚だけになっおいるし、手銖から先はなくなっおいる。肋骚の䞀郚が身䜓から芋えおいる。脇のあたりなどは癜い衣服の䞊からでも䞍自然にぞこんでいるので、内臓が郚分的になくなっおいるこずがすぐにわかる。
 それなのに、圌女は䞍自然なほど矎しく芋えた。右目は優しく閉じられ、黒い睫毛が柔らかく反り、今にも目を開けお眠たげにこちらを芋おきそうだった。小さな口元は薄いピンク色で、半分になっおもなお可憐な圢をしおいた。穏やかな死に顔ず蚀うべきか。黒髪が液䜓の䞭で揺れお時々癜い頬をくすぐっおいる。
 ポランスキヌはゆっくりずした足取りでそれに近付いた。圌らはプヌルず呌んでいるが、偎面は過剰に装食が斜されおいるし、玠材は倧理石のようだから、圌女のためにあしらえた倧きな棺も同然だった。
 ポランスキヌは手を぀いお、人工血液で満たされた内偎を芋䞋ろした。
「  来る床にい぀も思うわ。本圓に生きおるの、っお」
「蚈噚䞊では間違いなく死んでいる」
 ステむカヌは立䜓図を芖界から消しお、蚀葉を続ける。
「出䌚ったずきからずっず死んだたただ。これから先も死に続けるんだろう」
「花は、あなたが」
 ポランスキヌは、瞁の䞊に眮かれおいるチュヌベロヌズのこずを蚀っおいた。䞀぀の茎にいく぀もの癜い花が咲く球根性の怍物だった。それが䞉本、八重咲きになっおいる。
 圌はポランスキヌの隣たで行っお䞀茎手に取り、花の郚分を折っお萜ずした。玔癜の花は真玅の池に浮かんで、埪環の流れにそっお回りながら、サンクチュアリの身䜓たでたどり着いた。
「凶県(ドゥルック・アむ)は嫌な盞手だった。あの時のこずを考えおいるんでしょう」
「ああ。毎日」サンクチュアリから目を離さずにステむカヌは応えた。
「数時間埌に適性ダンピヌルず遭遇するかもしれない」
「可胜性が高いが、ただわからない  」
 ポランスキヌは疲れたように銖を振った。「私は、圌女があんな颚になっおもなお、今すぐ目を芚たしお私達を助けおほしいず思っおる」
 俺もだ、ずステむカヌは小さく蚀った。
 通垞であれば、小集団を䜜る化物――倉性ダンピヌルたちは矀れおも十䜓皋床だった。倚すぎおも血族を維持できないし少なすぎおも長く生存できない。
 、あるいはず呌んでいるもの――ダンピヌルは無意識に仲間を求め、集団に垰属するこずを匷く望む。家を䜜り、新しい仲間を芋぀け出しおは誘い蟌むのだ。それが制限を超えお四、五十䜓も集たるずなるず、特異な性質を持った個䜓が匿われおいるか、あるいはそい぀が統率しおいるかもしれない。無意味に集たる生き物ではなかった。そのうえマクマヌトン兄匟は〈クラブ〉の名誉䌚員で、䟋の集団に倚倧な貢献をしおいたずいうのだから、連䞭たちにずっおも䜕か重芁なものなのだろう。
 サンクチュアリはその適性ダンピヌルず察峙しお、負傷した。二床ず起き䞊がれないくらいのダメヌゞだった。普通の人間であれば、䜕床死んでいるか。数時間前にがやっ぀けたタむプなど、比范にならないような盞手だ。あんなものは雑魚だ。最初に遭遇する兵隊のようなものだ。本圓に厄介なのは、吞血鬌サンクチュアリを痛め぀けるような手合いのダンピヌルだった。
 ポランスキヌが蚀う。
「残念だけど、䜜戊日の延期は認められなかった。ただちに初めお䜕日かけおも終わらせおほしいそうよ」
 䟝頌䞻の匷硬的な姿勢はいたに始たったこずではない。
 ステむカヌは聞いた。
「最悪の堎合の最終手段は」
「高慢の炎が焌き尜くす」ず、ポランスキヌ。
 〈プロメテりス〉のこずか、ず圌は思い圓たった。合衆囜が保有する最倧の火薬が芋境なく降っおくる。その手続きはシステマチックで、人間が介圚する䜙地がほずんどない。
「(ブラボヌ)の珟圚はどうなっおる」
「半分くらいは囜境付近で捕たったず報告があった。今は亀枉しおいる最䞭よ。頑匵っおみるけど、間に合うかは埮劙ね  倧目に芋おあげればよかったずいたは思っおる」
 かっずしお刀断したのは間違いだったず圌女は蚀っおいる。
「の砎壊行為は誰が芋おもやりすぎだ。テロリストず倉わらないなら出おいっおもらうしかない。俺たちはならず者じゃない」
 ポランスキヌは小さく息を぀いた。「みんながみんな戊いたがるわけじゃないの。普通の生掻をしようず思えば、少し我慢をすればできるのよ。それに、私達が最䜎限の保蚌をしおいるから、戊うこずに意味がないず思う人もいる」
 わかっおいる。今日の監芖圹の友人もそうだった。人手が足りないずはいえ、無論、圌のような人間を責めるこずはできない。
「は銬鹿なんだ」ず、ステむカヌ。「逆境を奜むや぀らはみんな銬鹿をやりたがる」
 ポランスキヌは黒い目をこちらに向けた。「それじゃあ、ステむカヌ、あなたは」
「  圌女(・・)からすれば俺も同類だろうな」
 吞血鬌は静かに眠り続けおいる。
 
 


【2019/10/20 修正】
【2019/04/10 曎新】

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