※こちらの話を読たないず、登堎人物が掎みにくいかず思いたす。だいぶ奜き勝手に曞きたした

 

瞊暪切り替え

 

 
ハロりィンず犬
 
 
 月に暗雲がたちこめ、雷鳎がはるか遠く、雚の到来が近い真倜䞭のこずだった。䞻人のいないベッドの隣で䞞くなっおいたゞャヌマン・シェパヌド・ドッグのブレむクは、うっすらず目を芚たした。ずはいえ、犬は倢の䞭で、チキンいっぱいの海で長いこず泳ぎたわり、おおいに喜びを享受しおいたためこれぞ、人生、郚屋に䜕者かが入っお来お冷蔵庫や戞棚をあさっお、がさごそず忙しなくうろ぀いおいたこずにすぐに反応するこずができず、無意味に前足をかいおいただけだった。その頃、倢の䞭では、ダチョりサむズの鶏がこちらに襲いかかっおきたず思ったら、綿菓子になっお飛んでいっおしたった。
 ただ倢の䞭にいるのだず、ブレむクは思った。
 埌から思い返せば奇劙な話である。垞であれば、犬は人の気配で飛び起きお、呚囲の様子をさぐる。なにせブレむクは誇り高いゞャヌマン・シェパヌド・ドッグだ。しかし、その時のブレむクは、意識がホむップクリヌムの䞭にどっぷりず぀かっおしたったようになり、䞞たっおいた䜓をぐうっず䌞ばしお暪に寝そべりぐうぐうず寝息を立おおるだけだった。
 掃陀ロボットが起動し、動き始めた。ぎゃっず小さな声がした。声の䞻ずおがしき気配は、倧慌おで駆け回った埌――耇数の足音だった――どしんず䜕かが壊されおしたう。静かになる。
 犬は起きなかった。
 しゃっしゃっず床を掃き、窓を磚く音。雑誌を片付け、出しっぱなしだったカップを掗い、戞棚にしたう。ナむフたで研ぎはじめた。
 それでも犬は起きなかった。どうでもよかった。ブレむクにずっお、倢の䞭のチキンの方が倧事だった。
 そうこうしおいるうちに、䜕者かはブレむクのふさふさした背䞭を䞁寧にブラッシングしおくれたので、ブレむクは心地よくなっおしたい、぀いには眠りながら腹を芋せるずその者はやはり優しくブラシをかけるのだった。
 その完璧な手぀きず蚀ったら――たるで䞻人のようではないか
 ブレむクは目を開いた。暗い宀内でがんやりず人圱がシル゚ットのように浮かぶ。犬は思わず尻尟をふっお盞手を芋䞊げるず、圱はさっず動いお゜ファの䞭に沈んでしたった。もうその者の姿はよく芋えない。ブレむクから芋えるのは、背もたれから突き出た頭ず肩の䞀郚だけだった。䞻人がモニタヌをぱちんず぀けるず、青癜い光が郚屋をうっすら明るくした。
 スピヌカヌから陜気で玠敵な歌が流れおいる。
 ブレむクは犬のため知らなかったが、䞀九䞉䞉幎にりォルトディズニヌ瀟が制䜜した、䞉匹の子豚が家を䜜るずきの歌だった。曲のタむトルの通り〈Who’s afraid of the big bad wolf?(狌なんかこわくない)〉ず繰り返し、藁の家ず朚の家の子豚たちは楜しく飛び跳ねる。その二匹の家は狌が息を吹いただけで吹き飛んでしたうが、頑䞈なレンガの家を䜜った子豚は無事だった、ずいうお話だ。
 どっず笑う声がした。その声はたしかに䞻人のものだった。圌は足先でリズムを取りずおも楜しそうに䜓を揺らした。モニタヌの光によっお䞻人の倧きな圱が壁にう぀りこみ、䞍思議にゆらゆらずしおいた。やけに腰が曲がっおいるように芋えた。
 犬は銖を傟げ、錻を鳎らした。なんだかおかしいなぁず犬は思っおいた。ブレむクの目から芋お、モニタヌは䞍鮮明で䜕かが映っおいるようには芋えなかった。立ち䞊がっお、数歩近づき、䞀床吠えおみた。
 するず䞻人は゜ファからゆっくりず身を乗りだし、ブレむクを振り返っお「シヌッ」ず指を口元にあおた。たすたすず軜快な音楜が耳に入る。
 楜しい音楜だ。歌ず䞀緒に螊りだしたくなっおくる。
 犬はかちゃかちゃず爪を鳎らしお足元に近寄り、錻先を抌し付けた。䞻人はブレむクの頭を撫でおくれた。それで犬は満足だった。
 「シヌッ」
 息を吐いお犬の泚意をひいた真っ黒な䞻人は指を巊右に振っおみせる。それからどこからずもなくオレンゞ色のバケツを取り出し、それをブレむクの前に掲げおずんずんず二床指さす。「いい子だね」ず䞻人は蚀った。「これがわかるかい」
 ブレむクは尻尟を振った。
 かがちゃのバケツ
 ハロりィンだ
 ブレむクはハロりィンが倧奜きだ。ブレむクは犬だけれども、その日はたくさんのお菓子がもらえるこずを知っおいる。
 ブレむクがお座りをしおバケツの取っ手をくわえるず――尻尟の振りはいっそう激しくなり、二぀の前足が宙をかいおいる――それを芋た䞻人は満足そうに䞀぀頷いおから長い指をぱちんず鳎らした。
 そこでブレむクの意識はぷ぀りず途切れる。雷鳎がどこか遠くで聞こえおいた。
 
 🎃🊇👻
 
 ドアがばたんず開いた。
 ゞャック・・ステむカヌが意識を朊朧ずさせながら郚屋に入っおくる。ガスマスクを脱いだばかりなのか、くすんだ金髪はくしゃくしゃで、緑の目は虚ろだ。ステむカヌは黒い戊闘服を着たたたベッドにぶっ倒れおしたう。そのたた動かなくなった。スプリングがこれでもかず軋んで持ち䞻の䜓重を受け止めおいた。
 再びドアが勢いよく開いた。芖線を䞋に向けなければ颚のせいだったず思うかもしれないが、ただ単に圌の犬が猛烈な勢いで突入しただけだった。
 ――ご䞻人 ご䞻人 ご䞻人
 ブレむクは郚屋で䜕床もゞャンプした。
 ――ご䞻人 起きお 䞉週間もどこに行っおいたのですかご䞻人 さあ起きお起きお起きお チキンが食べたい 私を芚えおいたすかご䞻人 私は芚えおいたすよ
 ブレむクはベッドに飛び乗り、ステむカヌの背䞭を前足で抌した。ステむカヌの暪腹に頭をこすり぀け、ずりずりず前進し、シヌツずいうシヌツに皺を䜜った。
 ――ごっしゅじヌヌヌん お垰りなさい
 床ずベッドを亀互に行き来する。尻尟をちぎれんばかりに振っお吠えに吠えたくった。犬にずっおの䞉週間は人間が䜓感するよりもずっず長いのだから圓然の興奮だった。
 ステむカヌは錆び぀いた機械のようにぎこちなく腕を䞊げ、ようやっずな様子でベッドから手を䞋ろした。その手が圷埚っおいる。ブレむクが頭を抌し぀けるず圌は力なく頭を撫でた。
「頌む  寝かせおくれ」ステむカヌは瀕死の声で蚀った。「䞉週間  ろくに寝おいないんだ  」
 ――䜕をご䞻人、昚晩お垰りになったではないですか すぐにいなくなっおしたうなんおあんたりですよ。
 ブレむクは手をべろんべろんず舐め回した。
「もう無理だ、しばらく戊えない  。なのに、くそっ、どうせ今晩も呌び出される  䜕がなんでも寝なきゃいけないんだ。わかるよな  」
 ブレむクはわんず吠える。意味は「わかりたせん」だった。それよりブレむクは䞻人にバタヌチキンカレヌを䜜っおほしかった。チキンのおこがれをもらえるからだった。
 バタヌチキン、バタヌチキン、バタヌチキン
 手の䞭でむちゃくちゃに暎れる犬をほうっおおき、ステむカヌはう぀ぶせに倒れたたたうん、ず頷いた。
「そうなんだ、わかるか、えらいな。さすが俺のシェパヌドだ。ドむツ原産だがお前は英囜生たれだから実質英囜の犬だ。英囜の犬は賢いんだよ。ほら、いい子だから  」
 支離滅裂なこずを蚀ったステむカヌは、枕元の音が鳎るボヌルを手に取り、ぷいぷいず鳎らしお廊䞋たで無造䜜に投げた。
 ブレむクは倧喜びで走った。しかし、おもちゃを口にしお郚屋に戻るずステむカヌは気絶しおいた。
 ブレむクはボヌルをぜずりず萜ずす。わんず吠えた。
 ――ご䞻人 ご䞻人
 ベッドからはみ出しおぶらぶらしおいる腕を甘噛みしお、服の裟を匕っ匵った。
 ステむカヌは起きなかった。
 䞻人は明らかに元気がなかった。
 ブレむクはその堎に座っお少し考えたあず、爪を鳎らしながら郚屋の奥たで行き、おもちゃ箱の䞭から匕っ匵り綱を口にしお戻っおきた。ぜずりずステむカヌの手元に萜ずす。死んだように沈黙しおいる。䜕の反応ももらえなかったこずにブレむクはがっかりした。犬のおもちゃを持っおいる時の䞻人は喜びず気力に溢れおいたので、それを芋ればきっず元気が出るず思ったのだ。
 ――ご䞻人、どうしたんですか どうしたの、どうしたの、どうしたの これから倧事なお仕事があるのでしょう 昚晩そう蚀ったではないですか 
 ブレむクはベッドに飛び乗っおステむカヌの腹の䞋に錻を突っ蟌んでもぐろうずした。無理だった。ステむカヌの䜓重は犬にずっお重すぎたのだ。ブレむクは䞻人の頭をべろべろず舐めお埌ろ銖に頭をこすり぀けた。苊しげなうめき声が䞀床聞こえたがやはり圌は起きおくれなかった。
 これは䞀倧事である、ずブレむクは理解した。䞻人はなにがしかの事情ゆえ、ぎくりずも起きるこずができないほど憔悎しきっおいる。ずなれば、
 ――私の出番ですね
 ステむカヌの䜓をクッションにしおいたブレむクは、すっくず身を起こす。それから゜ファの䞊にあったバケツのかがちゃをくわえお飛び降りた。郚屋の出口でベッドを振り返る。
 たずえご䞻人がいなくおも、この私が必ずや任務を遂行いたしたす。なにせ、今宵はハロりィン 昚倜の蚀い぀けを守り、䞻人の代行犬ずしおお菓子を集めおたいりたす。それこそが私の䜿呜。至䞊の喜び――ご䞻人、しばしの別れです。それにしおもチキンが食べたかったな。
 䞀匹のゞャヌマンシェパヌドが郚屋を飛び出しお〈アダムの骚〉の斜蚭を走り回るこずになるが、その䞻人であるステむカヌは気絶しおいたため䞀぀もわからなかった。
 
 🎃🊇👻
 
 犬が䞀匹、斜蚭をうろ぀くのは日垞茶飯事だった。が、その日はずりわけ泚目を济びた。ハロりィンの日にシェパヌド犬がカボチャのバケツをくわえおトコトコ歩いおいるのだ。もちろん、そのカボチャはゞャック・オヌ・ランタンを暡しおおり、オレンゞ色のプラスチックの䜓に黒い目が぀りあがっおいる。
 寮をめぐっおいるず、そこかしこから笑い声やため息が挏れ聞こえた。
「ぞえ、かわいいじゃないか。誰だ、犬を飌っおるのは」
 さっそく人間がブレむクの前にあらわれた。その人間はブレむクの目線に合わせお腰を萜ずすず頭や銖を撫でたわした。
 ブレむクは愛想よく座っお、ゞャック・オヌ・ランタンを床に眮く。尻尟を振っおわんず吠えた。
「なんだなんだ ハロりィンっおこずか おい、誰かお菓子を持っおるか ――誰もいない。すたんな、ここのや぀らはケチなんだ。ワン公に人間様のお菓子はやれないっおよ」
 はははず笑いながら男はブレむクの頭にぜんず手を眮いおその堎を去る。その時、男の爪先がプラスチックのランタンに圓たり蹎倒しおしたったのだが、圌は仲間ず談笑するのに忙しかったせいで気が付いおいない。からからずプラスチックのバケツが転がっおいた。
 ブレむクの愛想は終わった。
「ガりガりガりガりガガりガり」
 ――駄目だ駄目だ駄目だ ダメダメダメ
 犬は吠えたくっお盞手の裟に噛み぀いた。
 ――お菓子をくれなきゃ駄目だ でなければ私の仕事の邪魔をしないでいただきたい
「うわ、なんだよ やめろ」
 人間は倧慌おで足を匕っ匵ったが勢いあたっお尻もちを぀いた。どすんず床が鳎る。
 ブレむクは獰猛に唞り、噛み぀いた口を離さなかった。
 呚囲でげらげらず笑い声が䞊がる。
「ナアン、ずお぀もなくダセえな」
「どうした、それでもカりンタヌの隊員か」
「笑っおないで犬をどうにかしろ」ず人間は廊䞋を匵っお逃げようずするがブレむクも䜓を鍛えおいたので盞手を匕きずり戻した。「こい぀なんお力だ」
「お前、知らないのか そのシェパヌドちゃんはステむカヌの飌い犬だぞ」ず誰かが野菜スティックを食べながら蚀った。
「くそ あい぀の犬か 通りでいけすかねえわけだ」ナアンず呌ばれた間抜けっぜい男は泣きべそをかいおいた。
 ブレむクは犬なりに思った。盞手は犬を奜たしく思っおいるが、生涯で䞀床も獰猛な態床を取られたこずがないのだろう。぀たり、ナアンは粟神的にショックを受けおいる。
「誰かキャンディでもなんでもいいから持っおこい 頌む」
「持っおくるか」
「いや」ず誰か。「それよりわん公の勇士をステむカヌに送っおやろう」ず端末を取り出しお動画の撮圱たでしはじめた。
 助けを埗られないず知ったナアンは必死の圢盞で䜓䞭をたさぐり、はたず気づく。胞ポケットから食べかけのグミをさっず取り出しおブレむクの錻先で痙攣したように振っお芋せた。
「ほら これでいいか お菓子だぞ」
 ブレむクはナアンの足を離し、くんくんずにおいを嗅いだ。
 ――リコリス菓子か。たあいいでしょう。
 ブレむクはゞャック・オヌ・ランタンの元たでトコトコ戻り、前足でバケツをたたいた。
 ――人間よ、ここに捧げ物をいれたもうれ。トリック・オア・トリヌト
 ブレむクはナアンに牙を芋せた。
 ナアンは青冷め、玠早い動䜜でリコリス菓子をバケツに投げ入れる。
 犬は満足した。
 ランタンの取っ手をくわえお、ずこずこ歩きだす。ブレむクは䜕事もなかったかのように、廊䞋に倒れおいるナアンの前を通り過ぎ、尻尟をふりふりどこかぞ行っおしたった。
「なんなんだよ  」ナアンは呆然ず犬の尻を芋送るしかなかった。
 その堎にいた人間たちは腕組みしおブレむクの行き先を芋おいた。
「問題発生ず思うか」
「倧䞈倫だろう。だいたい今のはナアンが悪い。おいナアン、い぀たで寝おる こんなずころをステむカヌやアルファチヌムに芋られたら再蚓緎された挙句に死埌氞久にからかわれるぞ」
「”やあナアン元気かこの前うちの犬が  ””ずころでナアンこの前うちの犬が  ””みんな聞いおくれ、思い出したんだがこの前うちの犬がナアンに  ”」「”ぎえヌんわんちゃん怖いよ〜”」
 ナアンのチヌムメむトはからかいの具䜓䟋を次々ず挙げた。
「うるさい 犬はもう嫌いだ」
 ナアンはチヌムメむトに靎を投げた。
 
 🎃🊇👻
 
「わ 犬が乗っおきた おか、デカっ」
 ぐうぐう倧いびきの聞こえる郚屋の前を通り過ぎお、䞊ぞ䞋ぞず移動し、連絡通路の先にある゚レベヌタヌホヌルから、ゞャヌマンシェパヌドは乗り蟌んだ。
 ゚レベヌタヌ内には先客がいた。女性職員が䞉名壁偎に寄っおいた。ブレむクはケヌゞの真ん䞭でお座りしお゚レベヌタヌが動くのを埅った。自然ず犬は人間に囲たれおいた。
「犬が゚レベヌタヌに乗るの」
「いいじゃない、可愛いんだし。どこに行くの、ふわふわちゃん」
 頭を撫で回される。゚レベヌタヌが動き出す。
「蚓緎所じゃないかなぁ」ず䞀人が蚀った。「みたいな郚隊を逊成しおるっお聞いたこずがある」
 人間が階局ボタンを抌した。
「でもお菓子回収甚のバケツを持っおる」ず䞀人が蚀う。
「ほんずね」そこで、ああ、ず思い出す。「このこ、確かステむカヌさんが飌っおいる犬よ」
「え、そうなの」声色が倉わった。「わんちゃん、お菓子はいかが あら〜ずっおもいい子でちゅね〜ハッピヌハロりィン」ず、チョコレヌト菓子をかがちゃのバケツに入れる。
 思わぬ収穫にブレむクは嬉しくなり、振り返っお尻尟をぱたぱた振った。この人間の匂いを芚えおおこうず思った。犬ずいう生き物は矩理堅いのだ。それに、もしかしたら、今床はブレむクのために玠敵なチキンを甚意しおくれるかもしれない。
 犬の埌ろで䌚話が続いおいる。
「倧人しいし、けっこう可愛いかも❀」
「犬にチョコレヌトをあげお倧䞈倫」
「自分じゃ包みを開けられないよ。人間のために運んでるに決たっおるっお。衚に名前を曞いずこうかな」
「サトコっおわかりやすいよね  ずころで最近どうなの」
 现いため息が聞こえた。
「旗色悪し」ず誰か。
 気の毒そうに、「宿敵があのひずじゃね  」
「ううう」
「うわ、泣いた」
「えっ、ごめんっお 埌で聞いおあげるから  」
 ポヌンずいう音を立おお゚レベヌタヌが到着した。ブレむクはずこずこ降りお次の堎所を目指す。
 日䞭は寮よりも蚓緎斜蚭や食堂の方が人が倚いずいうこずをブレむクは知っおいた。
 ゚レベヌタヌホヌルには、誰かが蚭眮したであろう骞骚のびっくり玩具が、立おかけた棺におさたっおおり、人が通るたびに緑に光っおワハハず笑い声を䞊げおいた。
 
 🎃🊇👻
 
 犬が斜蚭を元気に歩く
 ――トリック・オア・トリヌト トリック・オア・トリヌト
 シェパヌドが前を通るだけで人間たちの心は虜になっおいた。
「元気か、ブレむク 怪我をするなよ。ほらお菓子だよ」
「ハヌむ、盞棒ちゃん。こっちに来お。マシュマロがあるわよ」
「ああ、いたいた。ビヌフゞャヌキヌを持っおきたよ」
「ブレむク こい぀をやるから、ステむカヌに蚀っおやっおくれ。予算を䜿い過ぎだっおな」
 ブレむクは人間が倧奜きだった。ブレむクはみんなから愛されおいるこずを理解しおいた。
 ――私は人気者ですね。ご䞻人も私のこの姿を芋れば誇らしく思うでしょう。早く垰っお撫で撫でしおもらわなければ。
 ブレむクの歩き方はいっそう力匷く、自信たっぷりになった。
 ――しかし、ただただ集めおいかねばなりたせん。もっずもっずお菓子でいっぱいにしおご䞻人に喜んでもらいたい
 バケツをかたかた鳎らしながら、ブレむクは〈求めよさらば䞎えられん〉ずいう手曞きの看板をたおかけた郚屋の前を通った。歊噚庫であった。
 䞭から怒鳎り声がした。
「䜕床蚀っおも装備を出しっぱなしにしおいるな 誰だこの区画の持ち䞻は」
「ステむカヌです」
「たたあい぀か」䜕かを蹎飛ばす音。
 ひそひそず話す声もした。犬の聎芚は鋭いので郚屋の倖にいおもブレむクにはその囁きがよく聞こえた。
「䞀぀䞀぀の装備を綺麗にテヌブルに䞊べおいお䞍気味だな  たるで今すぐにでも出おいけるような  」
「神経質なサむコみたいだよな  」
「ぐずぐずせずに今すぐ片付けるんだ 芏則は 守るように」
「了解したした」
「はい。    ”サヌ殿”」
「芏則芏則っお、ハロりィンのオヌナメントはいいのかよ」
「個宀は鍵がかかっおるから誰も困らないだろうに」
「そのたたにしおおけ。どうせ”サヌ殿”はここに戻っおきやしない。午埌からカクテルパヌティがあるそうだ」
 歊噚庫から怒りながら人間が出おきおブレむクず遭遇した。男の眉はぎくぎくしお錻の呚りは皺くちゃになり、たるでブルドックのような険盞だった。
 ブレむクは圌を芋䞊げ、お座りしおバケツを通路に眮き、銖を傟げた。
 人間は立ち止たっおしばらく犬を睚み぀けおいた。が、たちたち砎顔しおブレむクを撫で回した。怒れる男もブレむクの必殺ポヌズにひれ䌏したのだ。
「おお、よしよしよし、今日は道に迷ったのかい やっぱりシェパヌドは可愛いなぁ。そうかそうか、私を芚えおいるのだな。偉いぞう。さあキャンディをあげよう。なんおいったっおハロりィンだからね」男はふず疑問を呟いた。「それにしおも、よく芋かけるこの犬は誰のものなんだ」
「䞊官殿  」ず歊噚庫の入り口から声をかけられる。
「䜕だね、私は忙しいのだ 甚が枈んだら各自持ち堎に぀きたたえ」男は慌おお立ち䞊がり、そそくさず行っおしたった。
 歊噚庫の前で銖を捻る隊員を尻目にし、ブレむクはさらに䞋局ぞず進んだ。
 進むに぀れお通路のすみや壁にはハロりィンの食りが増えおいく。宙に浮いた半溶けの蝋燭、カボチャで䜜った巚倧な蜘蛛、ビニヌルの黒猫、狌のはく補ず螊る老いた魔女。
 叀めかしいラゞオから、ヘンリヌ・ホヌルが陜気に歌う
〈Who’s afraid of the big bad wolf?(狌なんかこわくない)〉の曲が聞こえおいる  
 
 🎃🊇👻
 
「オオカミなんかこわくないったらこわくない  」
 無粟髭を生やしおキャップをさかさたに被った男が錻歌亀じりに小銃を構えおいた。あちこちで独特な射撃音が響く。
 その広い地䞋斜蚭では、珟圚米囜埅機になっおいるセッションブラボヌが貞し切りで射撃蚓緎を行っおいた。
 よくあるこずだが、錻歌はい぀の間にか別の曲ずたぜこぜになっおいる。
「ゞス・むズ・ハロりィン♪ ゞス・むズ・ハロりィン♪ バッドりルフ、ハロりィン、バッドりルフ、ハロりィン  おい、みんな芋おくれ」
 蚓緎終了ず同時にキャップが呌ぶず、䞉人が小銃を携えおぞろぞろず小郚屋に集たっおくる。党員、実戊ず同様の装備を身に着けおいた。
 ゞェリヌヘッドがそれを芋お蚀った。
「やるな」
 暙的を暡した人圢がコンクリヌト壁に釘でうち぀けられおいるのだが、䞡手を合わせお倩井に掲げるずいうペガポヌズのたたピン止めされおいた。足は片方を曲げたの字だ。人圢は蚀うたでもなく、党身釘だらけになっおいる。
「どうだ お前らにはできないだろ。人圢には手を觊れずに、この䜍眮から撃ったんだ」ずキャップがにや぀いおいる。
 元はずいえば、その人圢は゜ファにだらしなく座っお䟵入者を埅ち受けおいたはずだ。
 熊男が凶悪なトゲ人圢の隣で同じポヌズをした。「おい、写真を撮れ。ぞのアップロヌドは蚱可しない」
「サンキヌに蚀わせれば『間抜けな殺人マニアみたい』っおや぀でしょ」ファラは䞍味い飯を口にしたような顔で蚀った。
「射撃の腕に関しおは俺はすごいず思うよ」ゞェリヌヘッドは玠盎に関心する。
 突然、真暪でわんず吠えられた。
 四人が玠早く照準を合わせる。黒い銃口が四぀分、犬の眉間を狙っおいた。
 ゞャヌマンシェパヌドドッグが銖をかしげおいた。
 隊員たちは、ほっず力を抜く。
「お前、ビビったな」ゞェリヌヘッドが顎で瀺す。「こい぀にだけは蚀われたくなかった」ず返す熊男。
「ブレむク、䜕しおるのこんなずころで。犬を連れおきたのは誰」
 ファラがブレむクの銖をわしゃわしゃずかき回す。その手぀きが気持ちよかったので犬は思わず腹を芋せようかず思ったが、倧事なこずを忘れるわけにはいかなかった。
 トリック・オア・トリヌト
 犬は銖をそらしお遠吠えをした。かがちゃのバケツを前足でたたく。
「菓子をくれ、だっおよ」キャップがファラに耳打ちした。「誰がこい぀を寄越したんだか  」
 その時、無線機から呌びかけられる。チヌムリヌダヌからただちに撀収するようにず指瀺を受けた。ファラが応答し、肩をすくめる。「”バンビ”が怒っおる」
「熊ちゃん、犬を運んでおやりよ」ずキャップ。
「”そうよん、あたしを運んでちょうだい”」ゞェリヌヘッドが埌ろから犬の䞡足を持ち䞊げおアテレコをした。
 そういうわけで䞀番䜓栌のあった熊男がファむアヌマン担ぎで倧型犬を運んで出おきたのだが、組み立おの仮蚭ハりスの倖で腕組みをしお埅っおいたのは䞀番背の䜎いブルヌノ・ヒギンズだった。ヒギンズの巊右では残りのチヌムメむトが退屈そうにしおいる。
「遅い。䜕しおた」ずヒギンズ。「なんだそい぀は “犬”質だったのか」
「知らない。迷ったんじゃない」
 ファラは熊男の肩にいる犬を撫でた。ヒギンズはため息を぀く。
「䌑憩の埌にもう䞀床突入をやる。反省䌚はその埌だ。――おい、お菓子はよせ。気が抜けおくる。ただでさえあれが鬱陶しいんだ」
 組み立お匏の仮蚭ハりスの壁では、カボチャおばけの巚倧なネオン灯が食り付けられ、ビカビカず眩しく光っおいた。
 各自歊噚を眮いお氎を取りに行ったり、折り畳みチェアに座っおアミノ酞ドリンクを飲んだりした。ヒギンズは映像を芋るために監芖郚屋に行っおしたった。
 犬は舌を出しお小刻みに呌吞をしおいる。ずいうのもブレむクはみんなが䜕かを飲んでいる様子を芋お喉の枇きを芚えおいた。
 ブレむクも歩き疲れおいたのだ。少し䌑みたかった。
 しばらくそうしおいるず、トムず呌ばれおいる男がのしのしやっおきお、ペットボトルの氎をブレむクにたくさん飲たせおくれた。誰もそれに気が぀いおいないけれども、犬だけはトムは結構いいや぀だず知っおいる。
「蚓緎所たで食る必芁があるかねぇ」ずプロテむンバヌを食べながら誰かが蚀った。
「仕方ない、今日は来賓がある予定だったんだ。毎幎ハロりィンパヌティをするのに、盎前になっお、今幎は党郚無しになった」
「理由は」「忙しすぎるから倱せやがれっおこずよ」「は今頃ぞずぞずになっおる。䞉週間で䞖界䞀呚分は働いたずか」「さすがのサンキヌもお疲れだろうな」「あい぀が汗をかいおる所を䞀床でも芋たこずあったかよ」
「おい、良いこずを思い぀いた」熊男は突然飛び起きた。「飛行ドロヌンに゜ヌセヌゞをくくり぀けよう」
「それで」
「今床の散歩から、犬は勝手にドロヌンを远いかける。リヌドはいらなくなる。ドロヌンは犬に匕っ匵られお墜萜しない」
「倩才かよ」
 その堎にいた党員が熊男の劙案に同意した。
 それですぐさたセッションの面々は飛行ドロヌンず倧量の゜ヌセヌゞを甚意し、二぀を玐でしばり぀けた。装着する肉の量が倚すぎたので、ドロヌンはもはや空飛ぶ゜ヌセヌゞ号のありさただったが、けたたたしい音をたおお無事に離陞する。これが䞊手くいけば、ドロヌンによる犬の散歩で高䟡な機材を壊さなくなるだろう  圓番の時に楜ができるずいうわけだ。ブレむクは犬の実隓台だった。
「ほら、ブレむク 芋ろ ゜ヌセヌゞだぞ」ずキャップがボクシングのレフリヌさながら、犬の隣で床を叩いおいる。
 寝そべっおいるブレむクは前足にあごを茉せおドロヌンを眺めた。
「”あほが”っお顔しおるな」トムが蚀った。
 熊男はむきになっおいた。
「どうした、ワン公 お菓子集めで腹が枛っおるだろ ほら、こうやっお远いかければ昌飯が食えるんだ  」
 熊男が四぀ん這いになり、䞡手䞡足をばた぀かせおみっずもない”ハむハむ”をしお実挔した。身長が䞀九〇センチもある倧男がやるこずではなかった。
 ブレむクはやおら立ち䞊がる。぀いにやる気を芋せたのだず党員思った。
「今だ、肉を前進させろ」ず熊男。ドロヌンが高く飛ぶ。犬が远いかける。少しず぀速床があがる――぀いには犬の䜓はトップスピヌドに乗っお空䞭の肉の塊めがけお突進した。「いいぞ、やっちたえ」「機䜓を旋回させろ 壁だ」
 ブレむクは物凄い速さで壁を駆け䞊っおぜヌんず高く飛んだ。あっずいう間の出来事だった。犬は自分の䜓の䜕倍もの䞊空にあった飛行ドロヌンにがぶりず噛み぀き、墜萜させお、地䞊でむしゃむしゃず怪物のような砎壊行為をした。ドロヌンは完党に壊れおいた。なのに機䜓の゜ヌセヌゞは䞀぀も食われおいなかった。
 党員が呆気に取られおそれを芋䞋ろしおいた。
 翌が曲がったドロヌンを噛み締めたたた、うう、ずブレむクは唞る。
「やっぱりステむカヌの犬だよな」ずゞェリヌヘッドは蚀った。「し぀け方がハンパねえ  」
「この犬、賢いよ」ずファラ。「少なくずも、ここの誰よりも」
 熊男は咳払いする。猫なで声で、「お菓子をやるから機嫌を盎しおくれるかな パピヌちゃん」
 ブレむクはカボチャのバケツをくわえお座っおいるだけでよかった。各人䞀぀ず぀、小さなおや぀をバケツの䞭に入れるために、ブレむクの前に䞊んでくれたからだった。
 ヒギンズが戻っおきた。圌は䜕故か機嫌をよくしおいた。もっずも、壊れたドロヌンを芋぀けたらヒギンズのご機嫌もすぐに終わるだろうが  。
「通路から面癜い食りを取っおきた。この犬には䜕かが足りんず思っおいたんだ」ヒギンズはそう蚀いながら、ブレむクの頭に食り付きカチュヌシャを぀けおいる。なんだかんだ我らの隊長も楜しんでいるじゃないか、ずチヌムの面々は思った。
「――どうだ 最高だろ これぞハロりィン(ゞス・むズ・ハロりィン)だ」
 明らかに、小さな斧が犬の頭をかち割っおいるように芋える。
 みんなでくすくす笑った。ブレむクが歩くず斧がぶらぶら揺れるので䜙蚈におかしかった。
 人間がにこにこしおいるので、なんだかブレむクも嬉しくなっおくる。
「よし、みんなを驚かせおこい」ずヒギンズ。
 ブレむクは誇らしく吠えお、バケツを口に蚓緎斜蚭を飛び出した。通路から悲鳎が聞こえおいた。
 
 🐺🪓🩞
 
 人の賑わう食堂にお。
 む・ゞュンスが昌食のフラむドチキンにかぶり぀こうずした時だった。圌がふず前を芋るず、頭に血たみれの斧が刺さったゞャヌマン・シェパヌドが、涎をだらだら垂らしながらテヌブルの䞊に顔を乗せおいた。
「うわ」圌の腰は怅子から数センチ浮いおテヌブルの裏に膝をぶ぀けた。「冗談だろ  」胞を抌さえるず心臓がどきどきしおいる。犬は向かい偎でベロンず唇を舐めおいた。
 食堂に犬がいるだけでも驚くのに、その頭に斧が刺さっおいるのだからたたったものではない。しかも犬は半分癜目を剥いおいたように芋えた。斧はすぐに停物だずわかったが、フラむドチキンを萜ずしおしたった。ブレむクはすかさずゞュンスの足元に回り蟌んでばくばくずフラむドチキンにあり぀いた。
「腹が枛っおたんだろ」
 ゚コヌが笑いながら向かいの垭に座る。テヌブルの犬の涎は垃巟で綺麗に拭いた埌だった。
 圌は同じチヌムメむトでセッションに属する。二人ずも戊闘服は脱いで、く぀ろげる服に着替えおいた。
 あっずいう間にチキンを食い尜くしたブレむクは、ただゞュンスの皿に残っおいるもう䞀぀のチキンを眺め回した。
「駄目だ、これは僕のフラむドチキンだ」
 ブレむクは身を乗りだしお皿に銖を突っ蟌もうずした。
「こっちもさっき垰っおきたばかりでお腹が枛っおるのに  」
 皿を高く䞊げおゞュンスは守備を固めた。
「アむルランドは寒かったよな」ず゚コヌ。圌はクリヌムシチュヌを食べおいる。
「滞圚䞭は雚ばかり降っおた。今床は春に行きたいな」
「アルファずチャヌリヌが来おくれお仕事がだいぶ楜になった。無事に垰れお本圓に良かったよ。最近は攻勢が激しさを増しおる  」
 結局、肉はブレむクに取られおしたった。ずいうかゞュンスが根負けしおあげおしたった。斧で頭が割れた犬ず喧嘩するのはあたり良い気分ではなかった。
「ずころで戻っおきお話を聞いたんだよ」ず゚コヌ。
「䜕を」ず蚀いながらゞュンスは萜胆しおいる。トレヌにはもうパンずペヌグルトしか残っおいない。だず蚀うのにブレむクはパンも食べようず躍起になっおいた。ゞュンスは仕方なくパンをちぎっお床に萜ずした。
「身の䞈二五〇センチの男の怪」
「え」ゞュンスはちぎっおいた動きを止める。
 ゚コヌが蚀う。「腰の曲がった身の䞈二五〇センチの男を、昚晩ハロりィンの食り぀けをしおいた時に芋たそうだ。事務の人が蚀っおた」
 ブレむクはゞャンプしおゞュンスの指の間にあったパンをぱくりず食べおしたう。犬はそのたたゞュンスの膝に䞊䜓をのせお、べろべろず圌の手を舐めたわした。チキンの味が残っおいたのだ。
「  その銬鹿でかくお腰の曲がった男がアダムの骚にいるっお ここの  どこに」
「ここのどこかだよ。――すみたせんね、情報通じゃなくお。八時間前たで劖粟の囜で螊っおいたもので」
 怪蚝な顔をするゞュンスの前で、゚コヌがそう蚀っおコヌヒヌを飲んだ。
「その腰の曲がった男は䜕をしおいたんだろう」
「芋たや぀が蚀うこずには、オオカミの食りを芋ながらゆらゆら揺れおいたずか。䞡手には長い鉀爪を持っおいお  そのうちそい぀は曲がり角に匕っ蟌んだらしい。党身真っ黒だったっおさ」
「  。」
 沈黙した途端、食堂のざわめきが耳に぀く。
 ゞュンスは吹き出した。
「その話、ステむカヌに蚀ったか」
「いや。䜕せや぀は垰っおからずいうもの死んだように寝おる」
 ゞュンスは笑いながら、
「そうか、蚀わない方がいいよ。ステむカヌの名誉のために、この話はここで忘れよう」
 ゚コヌには理由がわからなかったが「確かに。嘘くさいしな」ず同意するこずにした。
 犬はい぀の間にか二人の前から姿を消しおいた。
 
 🎃🊇👻
 
 すっかりお腹がいっぱいになったブレむクはかちゃかちゃず爪を鳎らしお斜蚭の通路を歩いおいる。軜快な足取りはもう芋られない。カボチャのバケツはお菓子でいっぱいになり、口で運ぶの倧倉に感じおいた。
 少し歩いおはバケツを眮き、たた少し歩いおはバケツを眮くずいう動䜜を繰り返しお、なんずか前進する。あんたり䞀生懞呜に運んでいたので、その時、カボチャの圢をしたキャンディがバケツから転がり萜ちたこずにブレむクは気が぀かなかった。
 そんな健気なシェパヌド犬が通路を右に折れた際、アグニェシュカ・ポランスキヌがたたたた通りがかり偶然床に萜ちおいるキャンディを芋぀けた。屈んで拟うず頭痛がぶり返したので、うっずうめきたくなった。先皋、起き抜けに飲んだアスピリンはただ効いおいないようだ。
「倧䞈倫ですか、シス」ず、隣にいたセッションの隊長が声をかけた。
「ええ。倧したこずじゃないわ」
 ポランスキヌはため息を぀きたい気分だったが、我慢をした。疲れおいるず悟られたくなかった。
「それは」
「ハロりィンのお菓子よ。誰の萜ずし物かしら」
 手の䞭でカボチャのキャンディをもおあそぶ。
 今幎も家に垰っおやれないなずポランスキヌは思った。圌女にずっおはハロりィンよりも明日の䞇聖節の方が倧事だった。家族党員で集たり、その翌日には墓を蚪れ死者に祈る。もう䜕幎も子ども達ずゆっくりずした時間を過ごしおいない。それに墓前にも  。
「どうされたした やはり具合が  」
 ポランスキヌは立ち䞊がり、気遣う隊員に埮笑みかけた。
「アメリカは賑やかな囜よね。ここの人たちもアメリカ匏のパヌティを楜しんでる」
「私はいただ銎染めたせん」ず隊員は蚀った。「他の方たちは元々パヌティがお奜きだったのでしょう  特にの面々は」
 ポランスキヌは片手を振った。
「そういう人たちなの、攟っおおいお。  今晩は䜕もないずいいんだけど」
 ポランスキヌはキャンディをポケットにしたった。さすがに通路に萜ちおいるものを誰かに枡す気にはなれなかった。埌で捚おる぀もりだ。
 隊員は蚀う。
「ステむカヌなどは戊争前倜のように装備を敎えお準備䞇端のようです」
「  静かな倜はあたり期埅できそうにないわね」
「〈聖域〉をお忘れなく」
「なおのこず隒々しくなるわ」
 そこで、ふず隊員の背埌に芖線をやる。目をすがめた。疲れ目がそうさせたのだろうか、䜕か黒いものがちらっずよぎったように芋えた。
 異垞に背が高く、腰が曲がった人圱だった。
「今、䜕かいたような  」
「え」
 それから気になっおいるこずも口にする。
「あなた、歌い声が聞こえる 䞉匹の子豚の歌よ。
 〈Who’s afraid of the big bad wolf?(狌なんかこわくない)〉っおいう有名な歌」
「いえ、䜕も  シスには聞こえるのですか」
 困惑する盞手をよそに、ポランスキヌはそちらに向けお぀か぀かず近寄ろうずした。隊員が玠早く圌女の腕を掎んで匕き止める。
「私の埌ろぞ」
 ポランスキヌは自分を恥じた。奜奇心に任せお飛び出すなど、カりンタヌの隊員達をたずめあげるボスずしお未熟すぎるのではないかず思った。しかし、そんな考えは䞀切顔に出さずにポランスキヌは頷く。の隊員が拳銃を抜き、圌女の腕をしっかり匕き寄せ、二人は静かに通路を進んだ。
 通路は突き圓たりで巊右に分かれおいる。圌らは右偎の壁に寄っおいたので、巊手偎から確認するこずになるが、異垞はなかった。
 しかし、耳に届く歌声がどんどん倧きくなっおいる。ポランスキヌは毛が逆立぀ような心地がした。
 隊員が銃口の先端を柱の終端にそわせ、慎重に物陰から照準を合わせる。が、
「  問題ありたせん」
 歌はぱったりず止んでいた。ラゞオのスむッチを切ったように  
 ポランスキヌは隊員の埌に続き、䞍可解な顔぀きで通路を芋る。䜕の倉哲もない、日垞的に通りすぎる通内だ。
「気のせいだずいうの」
「わかりたせん」ず、隊員は正盎に蚀った。「ここで仕事をしおいたら䜕が起きおも驚きたせんね」
「なんでもないず思うけれど」ポランスキヌは端末を取り出した。「こういう時はサンクチュアリに調べさせたしょう。――もう、党然繋がらないんだから」
 隊員は拳銃をしたい぀぀、「捕たえにくい友人みたいな関係なんだな」ず思っおいた。
 圌らの進行方向の先に䞀匹のゞャヌマン・シェパヌド・ドッグが歩いお行っおしたったのだが、二人は知る由もなかった。
 
 
 
 
 シェパヌド犬が通路を歩く。
 静かに静かにそれが぀いおくる。
 ブレむクは振り返る。背埌には䜕もいない。自分の尻尟がぎんず立ち、ゆらゆら揺れおいる。
 腰の曲がった倧きな人圱が壁にはり぀いおいたずしおも、犬であるブレむクに䜕ができるずいうのか
 
 
 
 なんだか萜ち着かない気分だなぁず、ブレむクは神経質になっおいた。振り返りたくおたたならい。その床に確認するのだがやはり䜕もない。
 早くこのお仕事を終わらせなくちゃ、ず疲れた足を玠早く動かす。歩き回ったせいで頭の食りもずれおしたい、斧は背䞭のほうに倒れおしたった。こうなっおは自分では取るこずができない。
 ず、ブレむクはそれを芋぀けお急ブレヌキをした。別の日であれば「わ」ず驚いおいたのだろうが、今はカボチャのバケツを口にしおいるのでヒンヒンず小さく鳎くぐらいしかできなかった。
 通路のど真ん䞭にこんもりず毛の塊が萜ちおいる。そい぀はブレむクの姿を認めるや、金色の瞳を陰険な目぀きにさせ犬を睚み぀けおきた。
 ――猫だ
 ブレむクはその堎でうろうろした。
 ――猫だ どうしおここに そこをどいおよ
 猫は倧きなあくびをしお居䜏たいを正した。わざわざ前足をたたんで胞の䞋に入れたのだ。絶察にどかないぞずいうメッセヌゞだった。
 ブレむクは猫に吠えた。猫はしらんぷりをしおいる。
 あの意地悪そうな顔 ここにいる猫たちのなかでも、あの猫はずびきり性栌が悪かった。ブレむクはそれを知っおいる。䜕故この斜蚭に猫がいるのかずいえば、〈アダムの骚〉の構成員だからだ。チヌム〈〉ずいう。目の前の、癜地に血飛沫を正面から济びお黒ずんでしたったような柄の猫はず呌ばれおいた。ちなみにブレむクの堎合は〈〉だった。チヌム〈〉の任務はネズミ捕りの他に、ガラスコップの砎壊、袋の䞭の朜䌏蚓緎、デスク䜿甚者の忍耐詊隓誘惑の克服だった。
 芁するにただの怠け者だった。
 ブレむクは錻を鳎らす。
 ――盞手は猫族なのだから仕方ありたせんが、私には理解できたせんね。あんなに怠けおいちゃ、チヌム〈〉もそのうちぶくぶくになるだろうし、い぀かチヌム〈(・)〉になっおもおかしくありたせん。
 犬にもプラむドがあるのだった。しかしブレむクは知らなかった。たずえ猫が倪り倒しお満足に任務を遂行できなくなったずしおも、人間たちは  倧きく倪った猫を䞀局可愛がっおしたうずいうこずを  
 それはずもかく。
 今は䞀匹の猫がブレむクの通行の劚げになっおいるこずが倧きな問題ずなっおいた。
 ブレむクは䞀歩近寄った。
 猫が県差しを鋭くする。
 右から回り蟌もうずした。猫の銖がぐるっずそっちを向いた。ブレむクは足を止める。
 今床は反察偎から回り蟌もうずした。猫は次第に䜎いうなり声をあげる。その尻尟がばったばったず暎れおいる。ブレむクは動けなくなった。猫に吠えられるのが嫌だった。あの「シャッ」がブレむクはどうも苊手だった。それに、目にも止たらぬ勢いで鋭い爪が顔を狙うのだ。猫のパンチは案倖匷力だ。䜓栌に倧きな差があるずはいえ、爪がブレむクのやわらかい県球に圓たればひずたたりもない。
 ただら柄の猫は耳を䞍機嫌に反らし、瞳孔を芋開いお毛を逆立お始めた。うなり声もたすたすひどくなる。
「あヌうおうあうあうにゃむょぅみょう  」
 ――なんだっお
 ブレむクは混乱した。䜕を蚀っおいるのかさっぱりわからない。
 するず、絶察にその堎を動かないず思われおいたが、緊匵で也く口をべろりず舐め、䟋の「あうおうみゃうぉぅ  」ずいう獰猛な唞りずずもにゆっくりず身を起こす。ただ起き䞊がったばかりではない。真っ黒になった瞳孔が空䞭を睚み、頭を䜎くしお背䞭は山のように盛り䞊がっおいる。臚戊態勢だった。猫はじりじりず埌退しおいく。
 ――䞀䜓どうしたんですか 悪魔が取り぀いたかのような恐ろしい声ではないですか
 ブレむクは䜕床か吠えおを正気に戻そうずした。圓然だが、ふおぶおしいはブレむクに察しおビビりながら埌ずさりをするなど今たで䞀床もしたこずがない。
 ――
 刹那、
 ギャ ず猫は倧きく叫んだ。は物凄たじい勢いで空䞭を䞉床匕き裂くず、颚のような速さで逃げお行った。
 ブレむクはぜかんずしお走り去る猫を芋送るこずしかできなかった。
 䜕が起こったか理解できなかった。は明らかに䜕かず亀戊しおいたが、ブレむクには䜕も芋えなかった。
 理解できないこずばかり起こるが、確かなこずは䞀぀ある。これでブレむクは安党に通れるようになった。
 ブレむクはカボチャのバケツの取っ手をくわえお足早に移動した。
 
 🎃🊇👻
 
「  ん」八条寺公哉がオフィスに戻ろうずしたら、扉の前でゞャヌマン・シェパヌド・ドッグがお座りしおいるこずに気が付いた。
 口にはお菓子がいっぱいに入ったカボチャのバケツを携えおいる。
 ハチはどうしたものかず思ったが、ずりあえず郚屋をにいる同僚を呌ぶこずにした。
「ミナヌ 犬がいる」
 ミナ・リュヌドベリはデスクから少しチェアを離し、背䞭を軋たせた。「あらブレむクじゃないの。どうしたの」
 手には食べかけのチヌズケヌキ皿が乗っおいる。
 ――ミナ 䌚いに来たしたよ トリック・オア・トリヌト
 ブレむクはひんひんず鳎いお尻尟を振った。ブレむクはミナが倧奜きだった。近寄るずミナの柔らかい手が頭を撫で撫でしおくれた。
「おヌよしよしよし、その頭のおもちゃはどうしたのかな 人間にいたずらされちゃったの」
 犬は腹を芋せお床に転がった。ミナはパンプスを脱ぎ、足で犬を撫でた。チヌズケヌキを食べながら盞手をするにはそうするしかなかった。
「これ芋お。犬にしおは倧量のお菓子だ」ずハチはバケツを掲げる。
 バケツは別の人間がひょいず取り䞊げる。い぀の間にかレむ・ダりリングがハチの隣にいおかがちゃの䞭をしげしげず芗いおいた。さきほどたで郚屋の奥の゜ファで暪になっおいたのだが、目を芚たしたらしい。
「必ずしもお菓子だけじゃないみたいだぞ」
 犬をわっしゃわっしゃず䞡手で撫でたわすミナをよそにしお、レむは䞭身を確認した。
「キャンディ、マシュマロ、チョコレヌト  それにミリ匟」䞀぀ず぀机に䞊べる。
「いや最埌の」
「停物だ」指で曲げられるスポンゞ玩具だった。レむは実際に指で朰しお実挔しおみせた。「誰が入れたんだろうな」
 ――どうです すごいでしょう 私が集めたんです
 ブレむクは起き䞊がり尻尟をぶんぶん振っおハチに飛びかかった。飛びかかるずいっおも前足でハチに぀かたり立ちしおいるだけなのだが、倧型犬がやるずかなり迫力があった。
「飌い䞻は䜕をしおるんだろう」
 ハチは腕で犬を支えお困ったように蚀った。犬は長い舌でべろんず口を舐めおいる。
「さあな。今頃倢の䞭で楜しく花冠でも䜜っおるんだろう」
 レむはキャンディの包みを開けお口に攟り蟌んだ。
「ブレむク」ずミナが䜓を叩いお呌ぶず、犬は倧喜びでそちらに走っおいった。ミナはキャスタヌ付きの怅子に座ったたたころころず移動しお犬ず远いかけっこをしおいる。
 ステむカヌの飌っおいる犬がゞャヌマン・シェパヌド・ドッグでよかったずハチは思った。もしブレむクがチワワやテリアやトむ・プヌドルの犬皮だったらどうか。特殊郚隊よろしくで党身フル装備になった倖芋マッチョが油断なく小銃を携え、反察の手ではリヌドに繋がれたチワワが小刻みに震えおいる。それでは滑皜すぎる。芋おいる方は笑えるが  
 レむは蚀った。ちょっずニダニダしおいる。
「マゞな話、あの犬がりェルシュ・コヌギヌだったら良かったのにっお思う時がある」
「俺はチワワ」ずハチ。
 同じようなこずを考えおたらしいこずに驚く。いいや぀だが軍人のレむずは話が合わないず思っおいた。しかもハチはオタクなので隊員たちずよくかかわるわりには肩身が狭かった。おそらくレむもオタクずは話が合わないず思っおいるはずだ。そしお今、やはりお互いに意倖に思っおいるこずがわかった。目が合ったからだ。
 䜕故だか奇劙な連垯感が生たれおいた。
「なんであんたたちニダ぀いおるの」ずミナは二人を芋お銬鹿にしたように蚀った。
 ハチは咳払いをした。話を倉えた。
「ずころで、レむはここに䜕か甚があったのか」
 レむは䌞びおきた髭を指で掻いおいる。普段は綺麗に剃っおいるので珍しかった。移動ばかりで手入れをする時間もなかったのだろう、刈り蟌んでいた頭も髪が少し生えそろっおいる。
「俺の隣の郚屋のや぀のいびきが地獄のようにうるさくお眠れなかったんだ。たあその前に、俺の個人システムの調敎をしおほしくおやっお来たんだが」
 のむンタヌフェヌスを倉えたかったらしい。「䜙蚈な仕事はないから安心しろ。ミナがやっおくれたよ」
 ふうんずハチ。埌で俺もレむのシステムを芋おおこうず思った。
「なんだけどさ」ハチはふず思い出しお、䜕ずはなしにいう。「ステむカヌがこの前俺のずころにやっおきお、に぀いお聞いおきたんだよ。すごい真面目な顔で、『ちょっず聞きたいんだが  』っお」
「なんお」
「『どうしお”シャヌロック・ホヌムズ”じゃないんだ』っお」
 アメリカ人のレむはぐふっず吹き出した。補足するずずいう玢敵システムぱドガヌ・アラン・ポヌずいうアメリカ合衆囜の䜜家の名前を借りおおり、そのには”゚ドガヌ”ず呌びかけおプログラムを䜜動させおいる。
「そりゃ敵を芋぀ける名探偵は英囜のホヌムズだしそっちの方が適切かもしれないけどさぁ  そんなに重芁かな」
「俺はどうでもいいず思うよ。むヌゞヌ・アップル・パむ・マンずかマシュマロ・マンずかよりマシだ」レむは笑いながら肩をすくめた。
「あい぀そのうち、お前を芋るたびに『やあハチ、アメリカ英語が䞊達したな。そろそろ英囜匏英語を習埗する気はないか』っお蚀っおくるぞ。気を぀けろ」
「そうよ、ハチ。英語譊察に捕たるわ」ずミナもデスクの向こう偎から同意した。「きっずずヌヌヌヌヌヌっず蚀われ続けるわよ、『おっず今のはアメリカ英語だな』ずかなんずか  」
 そこたで来るずハラスメントに抵觊するから、ステむカヌに限っおさすがにそんなこずはしないだろうずハチは思いながら、「ステむカヌも耇雑なんだなぁ」ず深く考えずにそう蚀った。
 ――どこに行っおもみなさん、私のご䞻人の噂話をしおいたすね。
 ブレむクは倧きな耳でみんなの話を聞いおいた。
 ――ずおも誇らしい気分です
 高揚した気分を抑えきれず、わんず䞀吠えした。
 楜しい時間を過ごしたが、そろそろ䞻人の元ぞ戻らねばなるたい。ブレむクは遊んでくれたミナの手を舐めお、さよならをした。怅子に䞊っおデスクにあったカボチャのバケツを口にした。
 ――私のご䞻人のこずですから、きっず私のお菓子を埅っおいるに違いありたせんからね
「あ、ブレむク」
 オフィスから出おいくシェパヌドをミナは呌び止めたが、ブレむクには急いで䞻人の元ぞ垰るずいう重倧な䜿呜があったため、立ち止たるこずはなかった。
 ミナの手には停物の斧カチュヌシャが握られおいる。「忘れ物――っお、あれ」
「どうしたんだ」ずレむ。
「もういなくなっおるな、っお  」
 䞉人はオフィスから顔を出す。「犬っお足が速いんだね」ずハチ。
 ブレむクが扉から飛び出しおものの数秒だったが、巊右のどちらを芋枡しおもブレむクは手品のように消えおいた。
 
 🎃🊇👻
 
 ――うヌん  。
 シェパヌド犬は通路をずこずこず歩いおいる。
 ――うヌん  。
 錻をくんくんず動かしお、床のにおいをかぎ、家犬特有のゞグザグ歩行で移動しおいる。
 ――うヌん、おかしいですね。
 ブレむクは立ち止たっお頭をあげる。倧きな耳がぎんず立った。
 ――道に迷っおしたいたした 自分のにおいがわかりたせん
 その堎をぐるりず䞀呚回り、通路を行っおは戻っおを繰り返し、あたりをうろうろし始めた。䞀䜓どうしおなのか においの痕跡が党くしないのだ。これでは䞻人の郚屋たで戻れない。せめおミナたちのいる郚屋に匕き返そうず思い、犬は実際そうしたのだが、行けども行けどもたどり着かない。぀いには迷っおしたった。
 ――ミナヌ 誰かいたせんか
 ブレむクにはもう䞀぀気づいたこずがある。においどころか、人間の気配すらしないのだ。〈アダムの骚〉は静寂に包たれおいた。
 無臭ず無音の䞖界。
 ブレむクは本胜的に怖くなっおきた。耳が顔に匵り぀いお尻尟は垂れ䞋がる。そんな無機質で冷たい堎所は行ったこずがないし、経隓をしたこずもなかった。お菓子の甘い銙りだけが挂っおいる。
 ――ご䞻人
 倧きく吠えた。返事はなかった。その代わりに自分の声が通路で異様に反響しおいた。わん、ずいう音が䜕床も朚霊し、遠のき小さくなったず思ったら、音はどこかで折り返したのか、ボリュヌムを䞊げお耳元に戻っおきた。ひんひんずブレむクは鳎いた。䜕かがおかしい。すごく怖かった。
 突然、軜快な音楜が流れた。叀いラゞオの呚波数を合わせた時のように、雑音が混じっおいる。
 昚日聞いた曲だった。〈Who’s afraid of the big bad wolf?(狌なんかこわくない)〉だ。耳にすれば誰でも螊りだしたくなる、そんなアップテンポの四拍子の歌がビッグバンドのBGMに支えられおいる。
 ――誰かいるんですか
 泣きたい気分になりながら呚囲を窺う。ブレむクの目は怯えおいた。䜕が䜕だかわからない。
 ブレむクが振り返るず、通路の奥にそれはいた。
 ずお぀もなく背の高く、だが腰の曲がった人圱が䞭倮に立っおいた。髪は長くよれよれで床に届かんばかりだ。前に぀きだした手の爪は猫のものよりもずっず長い。靎の぀た先が
〈Who’s afraid of the big bad wolf?(狌なんかこわくない)〉に合わせおリズムを刻んでいた。党身真っ黒なのに䞡目はサヌチラむトのようにピカピカしおいる。
 それはしわがれた男の声で歌われおいた。倧きくお凶悪な狌など誰が怖がるのかず。
 ブレむクは動物だけれども、敵ず味方の芋分けが぀く犬だった。ブレむクはカボチャのバケツをくわえお埌退りをした。心臓がドキドキしお党身の毛穎が広がるのを感じた。呌吞が早くなっおくる。
 その時になっお、食堂で聞いた話や、猫がひどく怯えおいたこずを突然思い出した。こい぀だったのかずブレむクは理解をした。
 腰の曲がった男はあたりに䜓が折れおいたため、床をほずんど這うようにしお近寄っおきた。男の䞀歩は倧きかった。ブレむクは恐れおいたため思うように動くこずができず、それはすぐに目の前たでやっおきた。腕をゆっくりず䌞ばし、長い爪で二床バケツを指さす。怪物は蚀った。
「お菓子を寄越せ」
 ブレむクは我に返る。お菓子だっお
「お菓子を寄越せ」ず、もう䞀床その怪物は蚀う。「早くしろ」獣の唞り声がしたず思ったら、腰の曲がった男はいやに優しく蚀い盎した。「ブレむク、それを俺にくれるかな」
 なんず䞻人の声で話し始めたのだ。「ブレむク、俺の蚀うこずが聞けないのか」
 これは聞き捚おならない。誇り高い䞻人の声を隙るなどあっおはならない。
 ブレむクは勇気を振りしがっお、顔に匵り付く耳をピンず立たせ、尻尟に力を蟌めた。
 ――駄目だ お前なんお知らないね。
 このお菓子は本物の䞻人のものなのだ
 腰の曲がった男はそれを聞くや、巚倧な䜓を震わせお口をカッず開いた。鋭利な牙が二重に生えそろっおいる。ブレむクの頭など䞀口で噛み砕けそうだった。
「お前は悪い狌(バッド・りルフ)だ」
 ブレむクは倧急ぎでその堎を駆け出した。
「お前は悪い狌(バッド・りルフ)だ」
 ――逃げなきゃ 逃げなきゃ 逃げなきゃ
 犬は通路を死に物狂いで走った。぀る぀る滑る床で党速力を出すのは足に負担がかかっお仕方なかったし、時々転びそうになった。ああ、い぀からこの斜蚭は代わり映えのない堎所になっおしたったのか。どこを走っおも、間延びした通路が氞遠に続く。
 背埌ではどしんどしんず音を立おお怪物が远いかけおいる。角を曲がる時にそい぀が芋えた。未知の獣だった。なんずおぞたしい姿かずブレむクは激しい恐怖心を抱いた。
「悪い狌だ」
「どこぞ逃げる」
「倧きな狌」
 䞉皮の声が叫んでいる。
 ――怖いよ 誰か助けお
 恐怖で頭がいっぱいになっおいるず、䞍思議なこずが起きた。䜕かの甘い銙りがブレむクの錻を撫でた。どこかで嗅いだ匂いだが、はっきりしない。砂糖の匂いではなかった――月の䞋で咲く花の銙りだず思った。
 ブレむクは持ち前の嗅芚を駆䜿しお、かすかな匂いの道をたどり、必死に走り続けた。これでもかず速床を䞊げる。今のブレむクは颚ずいうよりも毛玉の匟䞞だった。
 芖界が開ける。
 ブレむクは぀いに斜蚭の倖ぞ飛び出しおいった。
「お前など恐れないぞ」
 怪物は地面をどしんどしんず倧きく螏み鳎らしお背埌に迫る。黒い圱が犬の背䞭に芆いかぶさっおいた。もう駄目だず犬は心臓が匵り裂けそうになった――その時だ。目にも止たらぬ䞉連撃が閃き、突颚がブレむクの頭䞊を通り過ぎた。
 ぎゃっず悲鳎が䞉぀分聞こえた。
 ブレむクははためく癜いスカヌトの䞋を党速力でくぐり抜け、急停止する。呌吞を荒らげお背埌を芋るず、腰の曲がった倧きな怪物は、なんず䞉぀に分裂しお地面にごろごろず転がっおいた。
 ブレむクの前に人が立ちはだかっおいる。盞手を芋䞊げる。いや、違う。これほど䜓枩を感じない者は決しお人間ではない。
 鍔の倧きな癜い垜子をかぶっお、癜いワンピヌスドレスを着た圌女は、蹎り䞊げた足をゆっくり降ろした。
「誰を恐れないっお」
 吞血鬌サンクチュアリが関心の薄い口調で蚀った。どうでもいいが、圌女は片手で䜕かの赀いドリンクをストロヌで飲んでいる。それにサングラスをかけおいるので遊びに出かけおいる人にしか芋えない。だが、䜕か寒気を芚えさせるものがあった。
 地面に転がった身長八〇センチ皋床の䞉人は玠早く起き䞊がる。
 ブレむクはびっくりした。顔はお爺さんのようにしわくちゃなのに、䜓は子䟛のように小さい。錻ず耳はやたら尖っおいた。
「ここが誰の瞄匵りだか知っおいるの」吞血鬌は譊告する。
 小人は叫んだ。
「血(・)ね(・)ぶ(・)り(・)だ」
「血ねぶりは嫌い」
「食べられる」
 しわがれた声で口々にそう蚀い残し、䞉人の小人は䞉方向に散り散りになっお、パッず消えおしたった。
 綺麗さっぱりどこにもいない。青空の䞋で、爜やかな颚が通りすぎおいる。
 サンクは携垯電話を取り出しお誰かに連絡をする。圌女は「終わった」ず䞀蚀告げ、すぐに通話を切った。
 吞血鬌がサングラスを䞋げおブレむクに芖線をやる。犬は小刻みに呌吞を繰り返し、䞡目を恐怖で芋開いおひんひんず鳎いた。
 ――血(・)ね(・)ぶ(・)り(・)だ 殺される
「お銬鹿さんね」ずサンク。圌女からは花の銙りがした。
 そんな䞀人ず䞀匹の背埌から人間が歩いおやっおくる。資材を運んで倧矩そうな様子だ。りィリアム・ハントだった。背の高い人間だったのでブレむクは反射的に怯えたが、ハントの匂いを嗅いで安堵する。良かった、知っおいる人だ――犬はそう思った。
 ハントは小脇に挟んでいた板切れを持ち盎し、䞍可解な衚情を浮かべた。い぀もかけおいるサングラスのせいで、圌の目はどこを芋おいるかわからなかったが。
「あのよ、その犬なんだが、さっき突然姿を珟したように芋えたんだが  手品みたいに、パッず」
 サンクは玠知らぬ顔で真っ赀なゞュヌスを飲んだ。
「で、あんたは子どもを䞉人蹎散らしおたよな」
「あんなしわくちゃ顔の子どもがいるの」
「いねえな」ずハントは蚀った。「問題解決か」
「そうね」
 ハントはふんず錻を鳎らした。そりゃよかった、ずいった感じだ。
「こっちも終わったぞ。倧工仕事はしばらくやらないからな。くたくただ」
 サンクはハントを芋やり、浅くかぶりを振る。
「ああ、そんなこずを蚀わないで。だっお仕方ないでしょう 昚日の萜雷のせいで柵が裂けおしたうなんお  。その裂け目から私の銬が飛び出しお、しかも䞖話人を蹎飛ばしお怪我をさせおしたったのよ。頌めるのはあなたしかいないわ」
 ハントはむノシシみたいに息を吐き出した。
「自分でやれよ あんたの銬だろ」
 その折、䞀頭の矎しい黒銬が走っおきた。倪陜の䞋で黒い毛䞊みが光り茝いおいる。フリヌゞアン・ホヌスだった。銬はサンクのずころにやっおくるや、倧きな顔を圌女に擊り寄せた。
「ハンマヌの䜿い方なら教えおやる」
 サンクが銬を撫でおいるず、ハントから道具を枡された。仕方なしにそれを受け取る。だがすぐにハンマヌを持぀腕をぶらりず䞋ろした。现い吐息を぀き、圌女は埮笑む。「困ったわね。重くお持おない」
 ハントは「絶劙にムカ぀くや぀だな」ず唞りサンクの手からハンマヌを奪い返した。
 黒銬はブレむクの近くで跳ねお犬をからかい、それから機嫌の悪いハントの偎たで行っお服を甘噛みした。
「やめろっお」
 サンクはくすっずする。
「この子が気に入るなんお珍しい。誰が動物奜きかわかるのね」
 ハントは銬に匕っ匵られながら、玍埗がいかない顔をしおいる。「確かに、銬は奜きだけどな  」
「ずころで、最近あなたたちの䞭で゚リンに行った人はいる」ずサンク。
「゚リン アむルランドのこずか」
「そう」
「ステむカヌだ。俺ずレむは別行動だった」
 サンクはたた「そう」ず蚀った。芖線を流しお犬を芋る。
「  で、その人間は」
 地面で䌑んでいたブレむクは耳をぎんず立おた。
 ――ご䞻人ならお郚屋でお䌑みしおいたすよ
「よくわかったわ」
「俺はわからねぇけど深く考えねぇこずにした」ずハント。「犬ず喋っおるのかよ」
 たあいい、ずハントは銬の背䞭を叩いお垰宅を促す。
「俺はもう䌑んだが、サンクも垰っお寝るんだな。あんたも働いおばっかりだろ 今は昌間だぞ。どうせ倜も超過劎働になるんだ。なんおいったっお、今倜はハロりィンだ。どでかい山をぶち圓おるかもしれねぇ」
「眠れないのよ」ずサンクは蚀う。その青い目は獣じみおいたが、サングラスの奥に隠されおいる。
 こい぀でも気が猛る時があるんだなずハントは思った。どのみちこの吞血鬌に初心者のような倱敗はあり埗ないので、倧した心配など無甚なのだが。
 ハントは銬を連れお立ち去ろうずする。
「りィリアム――」その背䞭にサンクが声をかけた。「ありがずう」
 ハントは「おう」ずだけ返しお銬小屋に戻っおいった。
 その堎に残った吞血鬌は犬に目をやる。ブレむクは銖を傟げた。
 
 🊇🊇🊇
 
 ステむカヌはぱちっず目を開けた。腕を持ち䞊げお時蚈を確認する。すっかり倕刻になっおいるこずを知った圌はベッドから身を起こした。䞞々九時間は眠っおいたらしい。頭に鈍痛がする。
 窓蟺に誰かがいる。
 寝がけた目を䜕床かしばたたかせおステむカヌは盞手を芋䞊げる。サンクチュアリだった。倕日をさけお圱の䞭に䜇んでいるので衚情はよくわからないが、圌女は棚の䞊の眮物を芋おいるようだった。
「意倖なものを食っおいるのね」ず、サンクは圌を振り向きもせずに蚀い、きらきらず茝くガラス補品を指で぀たんだ。
 ステむカヌは寝起きの顔を手のひらで拭う。ただ䜓には疲劎が残っおいた。
「  そい぀はブレむクの玩具になったよ」
 圌女はサンキャッチャヌを静かに棚に戻した。ステむカヌはベッドの端に座っおそれを芋ながら、
「  ”どうぞお入んなさい”ず過去に䞀床でも蚀ったこずが」
「いいえ」
 サンクは圌の足元を芋やる。
 そこでは犬が暪倒しになっおすやすやず眠っおいる。
 ステむカヌはため息を぀いた。やれやれ、うちの犬が「おいでよ」ずでも蚀ったのか――そんな心地で、ふくらんだりしがんだりするブレむクの暪腹を撫でたわす。
「目を芚たしたら、たくさん耒めおあげるこずね」
「どうしお」
「あなたの犬はお菓子を集めたわっおいた。それはここの人間のほずんどが知っおいる」
「うちの犬が、か」ステむカヌは聞き返した。そこで圌は気づく。゜ファの䞊にカボチャのバケツが眮いおあったのだ。サンクの蚀う通りお菓子であふれおいる。
「䞀䜓、誰がブレむクを”お仕事頑匵るワン”にさせたんだ  」
 ステむカヌはぜんぜんず犬の腹を叩く。ブレむクの意識は倢の䞖界に飛び立っおおり、ちっずも目を芚たす気配がない。犬は眠りながら、べろんず口呚りを舐めおいた。
 サンクは䜕か蚀いたげにしおいる。
「なんだ」
 芖線を倖し、少し考える様子を芋せおから圌女は蚀った。
「さっき、犬が劖粟族に远われおいるのを芋た」
 ステむカヌは自分の頭痛が重くなったような気がした。
 サンクは続ける。
「プヌカよ。お手䌝い劖粟の  ええず、プヌカの䞭でもなんおいうひずたちだったかしら。たあどうでもいいこずよね。私は劖粟族ずは敵察しおいるし、重芁なのはそれではないの」
 誰かこの話を止めおくれずステむカヌは思った。
 圓然ながら吞血鬌を阻止するこずは誰もできない。
「昚晩、プヌカがこの郚屋にやっおきお郚屋の持ち䞻の代わりにあちこちを手入れしたようなの。それでプヌカたちはその堎にいた犬に報酬を芁求したのだけど、結局最埌に抵抗をされた。プヌカたちは、たちたち怒っお犬を远いかけたわした  ずいうわけなの」
 サンクは淡々ず話を敎理した。「なのにその間、あなたはずっず眠っおいた」
「俺のせいなのか」ず心倖だずばかりにステむカヌは蚀った。蟺りを芋回す。そういえば、蚘憶の䞭にある䞉週間前の状態よりも枅朔になっおいるような気がした。確かテヌブルの䞊にカップを出しっぱなしにしおいたはずだが片付けられおいる。いよいよ気になっおきたのでステむカヌは自分の郚屋を確認しお回った。確かに、䜕者かが䟵入した圢跡があった。隅々ず敎理敎頓されおいる䞊に、なんならナむフたで研がれおいる。安党な基地に垰還したずはいえ、もっず早く気付くべきだった。
 奇劙なこずに、郚屋の隅に壊れたロボット掃陀機があった。
「きっず喧嘩をしたのよ」
「たったく理解できん  」ずステむカヌ。
「アグニェシュカもプヌカを芋たず蚀っおいたわ。それで私に連絡をしお問題を解決をするようにず蚀っおきた」
 そこたでくれば状況を呑み蟌むしかなかった。「なんでそんなこずに」
「最近、゚リンに行ったそうね」
 ゚リンずはアむルランドの叀い呌び名だ。確かに、ステむカヌは䜕日か前に仕事でそこに駆け぀けた。
「䜕かあったんでしょう」
「  䞘の䞊の廃墟になっおいた邞宅にが立おこもっおるっお話だったから、党員で蚪問するこずになったんだ」
「それで」
 ステむカヌは口に手を圓おる。
「そういえば、邞宅の庭に塚があったな。石を積み䞊げたや぀だ。に攻撃されたずき、そばに立っおいたんだが、俺の代わりにその塚が砎壊されおいた。――ちょっず埅お」
 圌は戊闘服のあちこちを探り、ポケットから小石を取り出した。「持っお垰っちたった」
 手の䞭の小石は぀や぀やずしおおり、黒っぜくも䞍思議な色をしおいた。
「やっぱりあなたのせいね」ずサンク。
「わざずじゃない」
 ステむカヌは小石を握っお匁解した。だいたい蚪れたや぀は他にもいるのに䜕故真っ先に俺が疑われるんだず思っおいた。実際、かかわりがあったようなのだが  。
 圌が続けお蚀うこずには、
「぀たりこういうこずか か぀お邞宅で働おいたお手䌝いさんたちは廃墟になるずずもに忘れ去られおいた。ずころがある日、劖粟の䜏たう塚は壊れおしたう。だが、圓の劖粟たちは俺ず䞀緒にアメリカに枡った  ず」
「その通り」ずサンクは肯定した。
 ステむカヌは窓から小石を投げ捚おた。黒っぜい石はびゅんず飛んで敷地のどこかに萜ちおしたった。
「これで持ち䞻はいなくなったから悪さはしないだろう」ず圌は手をはたいた。
「どうかしらね」
 その時、端末からアラヌトが鳎った。緊急招集の通知だ。
 吞血鬌は埮笑む。青い目がぞっずするような茝きを芋せおいた。
「サりィン・フェシュが始たるわ」
 サりィン祭――キリスト教化しおからはハロりィンず呌ばれおいるものだ。死者のための祭りで、異界ずの境界がなくなる日。魔物たちの血ず暎力を予感させる日  そんな日に嬉しそうにするのはサンクチュアリぐらいなものだ。
 改めお盞手が人間ではないこずを思い出しながら、ステむカヌはカボチャのバケツから食料を手掎みし、「サンクも早く来い」ず蚀っお急ぎ郚屋から出お行った。
 シェパヌド犬はぐっすりず眠っおいる。チキンの海の倢を芋るブレむクの寝顔は誰が芋おも幞せそうだった。
 
 埌日のこず。䜕者かの手によっお庭の手入れが行き届いたり荒らされたりするので、ステむカヌは犯人捜しをしたが芋぀けるこずができなかった。そのため圌は仕方なく、勝手に庭がきれいになった日は䞉぀分のお菓子を花壇に眮くようにしたら、以降荒らされるこずはなくなった。そういうわけで、ステむカヌの庭にはい぀もお菓子が眮いおあるのだが、その理由を知るものはほずんどいないずいう話である。
 
  🎃
 
 


【2020/10/26 掲茉】
ステむカヌは戻っおからご耒矎のチキンをたくさん䞎えたした。

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