富江パロディ(昔に描いたやつ)

最近、めっきりSpark joyしてないんですけど、どうやって生活を立て直したらいいのかまるでわからない。Spark joyしてないっていうか、脳が退化したみたいな…? 想像力が機能していないみたいだ。いつからこんなに阿呆になってしまったのか。と思いながらイラストを見返してたらなんか見つけたので貼っておきますね…。まさに今の心境でした。

(あ、ちなみにわたし富江が大好きです。富江……富江ぇ……。富江はなにげに海外でも人気があるみたいでそれを知ったとき伊藤潤二すげぇってなってました。画力凄いですよね、伊藤潤二先生。明日、富江を読み直そ。むしろ他のシリーズの漫画買っておこう……)

そいでですね、日記なんですけど、昨日はロイヤルホストに行って苺のブリュレパフェとアンガスステーキ225gを食べてきたんですよ。ディナーでもないのになんでお昼ご飯にあんなにお金をかけてしまったんだと今は思っているのですが、まあファミレスの味だなと思って帰ってきました……。苺のブリュレパフェはですね、苺<<<プリンって感じでした。あれ、苺パフェっていっていいのか!? プリンの方が圧倒的な存在感を放っていました。下の方で苺のすっぱいアイスが出てきて「あ、そういえば苺パフェだっけ」と思い出すぐらいで。まずくはないけど、思ってたのと違いました。あれはプリンパフェのついでに苺がついているくらいの感覚じゃないだろうか。ていうか、パフェって、食べる前の味のハーモニーを想像して期待を膨らませているときが一番美味しい思いをしますよね。食べてみると、プリン!!!次!!アイス!!!みたいな口の中の突入劇??みたいな、なにかこう暴力的な侵略が始まるの、あれ、なんなんすかね???味の変化に追いつけない。むしろ私は調和を知りたかった。こんなことなら、どうせならケーキを食ったほうがよかったかもしれない。

アンガスステーキは……ザ・アメリカの肉だなって感じでした。でも、アンガスって確かスコットランド原産の牛さんですよね。アメリカで育つとああいう味になるのだろうか。といいながらも外国の牛肉って結構好きなんですよ。かためだけど、脂身がヘルシーで美味しい。もたれないので大きめでもいける。顎がいたくなるけど。日本の牛肉は脂身が多すぎて食べてる途中で気持ち悪くなっちゃうんですよね。だから和牛のステーキがけちくさくちょろっとしたサイズしかないのは、あれはあれで胃腸がもたれないサイズと取ることもできるんですが、やっぱけちくせえよなーと内心思っています(ほんと普段考えてることが酷い)

とにかくお腹いっぱい食べてきたのでした。

それにしても、あれだけ食べたのに、どうしてたかだか6時間もしたらお腹が減ってしまうんだろうか。人間って燃費悪すぎない?

最近思うんですけど、コンテンツ力のないブログ(つまり、ためにならないブログ、知識として情報が増えないブログ、使えないブログ、要するにこのブログ)ってはたからみてまるで存在意義がないんだろうなとひしひしと感じています。

2019年にもなれば個人サイトのスペースは展示室か個展のようなもので、2000年代はじめの方の「〇〇のページ」Welcome to my site……みたいなのは今は全然なくって、あの頃のサイトは自分の興味のあるやつは片っ端から載せてみて書評やらゲームの攻略やら掲示板やら赤ん坊の写真やらごった煮みたいなのが当たり前だったんですよね。日記はhtmlを手打ちっていう。で、ブログサービスが出来てから個人的な日記を書きやすくなって……ってなってたじゃないですか。なってたんですよ!私はその時の感覚が抜けないのでいまだに雑記を書いています。完全に自分が楽しむためですね。全然他人にとって使えないブログなんですよ、これ。googleの評価も著しく低いんでしょうね、多分。調べたことないけど。

アフィリエイト目的のブログが当たり前になってしまったので「いかがでしたでしょうか?」的な内容でないとブログじゃないような気がして。

でも、私は、まあ変な話、人の日記って読むのが好きなんですよね。むしろアフィリエイトブログの「いかがでしたか」記事だともうほんと目が滑って滑って仕方がなくて、日本語さっぱりよめません状態になってるんですね。知りたい情報だけ流し読みで拾い上げて、結果サイト滞在時間数十秒とか。みんなもそんな感じなのかなぁ。だけど、他人の生活日記だと、結構じっくり読んじゃうんです。日常で起こる苦しみとか幸せとか読んで、あれですね、追体験したいのかも。他人の生活を知ることで救われることもあると思うんですよね。そういえば、文学のジャンルで純文ってあるけど、まあ純文っていうジャンル自体、私はよーわからんのですけど、小市民の生活と同じく小市民である自分の人生を重ねてすこし考えてみるっていうのは昔からあることだと思うし、人の生活に興味がそそられてもなんら不思議ではない。はず。

まあ読めない日記っていうのもありますけどね。その人に興味がないとか、世代が違いすぎるとか、そういう理由かも。世代が近いと読んじゃうかなぁと今思いました。あと……同じ病気を持っている人とか、同じ仕事してる人とか? こうなりたいなぁ、こういう生活したいなぁっていう希望のあしがかりになったりとか? そういうのなら読んじゃうかも。悪いほうだと毒親日記とか……同じ痛みを持ってる人の話も読みたいかな。

といいながら私はあんまし自分の生活をあけっぴろげにできないので(さほど面白く特別なことがないので…)、どうしても「このブログ面白いのか?」ってなっちゃうんですけどね。誰のためにもならないし、日記なくすかどうしようかとか考えちゃいます。

うーん、でもさー……やっぱり”ためになる”ブログなんて、本当はない方がいいんじゃないだろうかね。日本語世界にとって。まあいまはみんなツイッターで生活を書いてるから、そういうのなくなったわけじゃないんだけど……。ブログにそういう役割がなくなったってだけで……。うーむ。ツイッターに戻るべきなのか……交流下手だからだめなんだよなぁ(;д;) なんなんでしょうね、今の、この、セルフブランディング能力を当たり前に求められるネット世界って。 全員Youtuberみたいじゃん。いや、むしろテレビみたいだ。わかりやすい自己発信というものが私にはわからない……。これが私なんです。ここは退屈で怠惰な人間のブログなんです。みなさん、いかがでしたでしょうか……。(もうやめて……!)

なんでこんなこと書いてるかって、ジオシティーズが3/31にサービス終了するとのことでブックマークしていたサイトめぐりをしてなんかやけに時代を感じてしまったせいですね。ジオシティーズさん今までありがとう。ヤフーブログも年末で終わるみたいだし、ていうか、ヤフーって今どうなってんだ? そのうち人口減少のせいでネットのスペースも維持できなくなりそうだな。(ヤフーがそうなのかは全く知りません)

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