あれからぶっつづけでやって、やっとクリアしました。面白かった。若干もやもやした感じが残るけど、面白かったです。

[adsense]

一言でいうと、壮大な世界観だった。

デス・ストランディングのテーマは、種の絶滅であり、すでに終わりが決定されている世界でどうやって人は生きるべきか、という閉塞感、人間の一生でたとえると死の壁を前に人はなすすべもないが、それでは我々はどのようにして希望を持つべきなのか、という感じの話でした。

この閉塞感や人類進化のテーマって、結構、日本の作品でよく見る気がする。すぐに思いつくのだと、エヴァンゲリオンとか。私の感覚だと、日本という国は昔から崩壊と新生を繰り返してるので、なにかこう風土的なやつがあるのかもしれない。江戸時代の終わりと明治政府とか。大日本帝国の滅亡と現代日本への生まれとか。災害と復興とかそういう関係の。あと年の終わりと年の始まりも似た感じがする。忘年会と新年会とか。(私の感覚の話なので深く突っ込まれても困るけど)

私としては、この風土みたいなやつは、我々にありがちな「今までのことは良いことも悪いこともなかったことにしよう」というリセット病の一因のようにも思えるので、どうなのかなとも感じる。まあそれは余計な話だった。

デス・ストランディングの完璧なストーリーライン

デス・ストランディングのストーリーを時系列で考える。未プレイの人はただちに引き返すように。

  • デス・ストランディングは過去五回起こっていた。(恐竜の絶滅など)このゲームの中では六回目が目前に迫っている。つまり今の生命は絶滅する。これは避けることができない。
  • 大統領ブリジットは絶滅体であり、20歳の手術を境に、ビーチ上で魂が分離した。肉体とは違い年は取らないので、便宜上その分離した魂のほうをアメリと名付け、自分の娘だと周囲に言っていた。
  • 絶滅体の役目は絶滅を見届けることであり、ブリジット(アメリ)は昔から種の終わりの夢を見ていた。ビーチという死者と繋がる場所とカイラル通信を使い、地球が生まれてからの46億年分の記憶をさぐり、過去大量絶滅の秘密を解き明かせるのではないかと考えた。アメリカで最初の“消滅”が起こり(たぶんNYの)、悪夢が現実化することを恐れたブリジットは、BB(死と繋がった子ども)実験と研究を組織し、それと同時に、大陸をカイラル通信で繋ぐためのBRIDGESを組織した。
  • BB実験の協力者に、 クリフォード・アンガーという元アメリカ陸軍特殊部隊の男がいた。彼には内縁の妻がいて、子供がいた。妻は意識がなく、おそらく脳死状態だと思われるけど、長いこと(少なくとも6年くらいは)ポッドの中で生命を繋いでいた。彼の赤子もまたポッドの中で生きていた。“死者”と繋がったまま。
  • BB実験の成功例であるクリフォードの赤子は、カイラル通信の人柱として適格であるとブリジットは判断した。(実のところ、ゲーム中の時間軸ではすべての配送センターにはBBが配置されているらしい。どうも第一次遠征隊の仕事っぽい。)
  • クリフォードが政府のBB実験に協力したのは、マンハッタン消滅事件がきっかけだった。脳死した母体から赤子を取り出したところ、医師とネクローシス化した赤子が接触したため“対消滅”が起こった。
  • ブリジットは適格という理由により、クリフォードから、おそらく彼にはBBは死ぬ運命にあるとか廃棄するとか実験失敗とか言って赤子を取り上げてカイラル通信の人柱にする予定であったが、はからずもかつての戦友であり部下でもある、ジョン(ダイハードマン)と再会することで、彼からブリジットの思惑を明かされる。そしてダイハードマンの助けにより、クリフォードはBBを連れてこの施設から逃げる計画を実行する。
  • クリフォードのBBこそが種の絶滅を阻止する鍵であると判断するブリジットは、それを許すはずもなかった。ブリジットはクリフォードを追い詰める。ダイハードマンの引き金に指を重ね、BBの父親を射殺した。不幸にも、その凶弾はBBポッドから取り出されて父親の手に抱かれていたBBにまで達し、親子ともに殺すことになってしまった。ブリジッドは赤子を殺したという自分の罪に狂乱する。
  • ブリジットはアメリとなってビーチでBBを捜し歩いた。そしてついにBBを見つけた。アメリはその場でBBの“臍帯”を切断し、あの世との繋がりを断つことでBBをこの世に戻した。死との繋がりがなくなってしまったBBはカイラル通信の人柱になれないので、ポッドから取り出して、ブリジットはBBを自分の子供として育てることにした。名前をサム・ブリッジズという。彼は帰還者であり、対消滅に巻き込まれても、死ぬことはない。帰還者という能力者(DOOMS)である。
  • サムとアメリは姉弟であるが、アメリとはビーチの中でしか会えなかった。
  • 時がたち、サムは成長し、BRIDGESの一員となって活動をしていた。ルーシーという女性と出会い、子どもも授かっていたが、彼女は薬物の過剰摂取のせいで命を落とし、ネクローシス化する。ルーシーを爆心地として対消滅が起こった。サムもその爆心地にいた。妻と子を同時に失ったが、彼だけは死から帰還した。世間はサムとBRIDGESをバッシングし、サムはそれ以降、BRIDGESからもブリジットの前からも姿を消すことになる。
  • そしてゲーム本編が始まる。合衆国がほぼ崩壊した世界で個人配達人として活動していたサムは、ヒッグズというテロの首謀者により対消滅に見舞われながらも、再びブリジットと引き合わされる。カイラル通信を繋いで大陸の端にいるアメリと合流し、アメリカを再建してほしい、と。そしてブリジットは癌によりサムの目の前で命を落とす。
  • 絶滅体であるはずのブリジットは肉体が保存されるはずだが、絶滅の運命にあらがうという異なる役割を演じようとしたため、肉体の死亡という罰(?)を受けたのである。肉体がなければ物理的にカイラル通信を繋ぐことはできず、絶滅を早めることになるためと思われる。
  • サムは配達を頑張って頑張って頑張って頑張って、大陸を東から西へと横断し、カイラル通信を繋いで再びアメリカを一つにすることに成功した。(ゲーム本編)
  • フラジャイルというテロの片棒を担いだという女性、ヒッグスという暗躍する謎の男、悪夢で何度も出会うBBを探し求めるクリフォード、等々謎が謎を呼び、最後にアメリと再会することでサムは真実を知ることになる。血のつながらない姉アメリはブリジットであり、ビーチの心臓部であり、DOOMSたちの生みの親であり、断片化した各人のビーチを カイラル通信によって ふたたび束ねて、早期のラスト・ストランディング(大量絶滅)を望む者であった。
  • ラスト・ストランディングとは、束ねたビーチの向こう側から死者を招きいれる(? 勝手にくるのかな)ことで、対消滅を大量発生させて、完膚なきまでに種の絶滅を行うこと。らしい。
  • なぜ早期の絶滅を望むのか? 絶滅は消滅とは違う。絶滅を前にして種はあがき、奇跡の進化を遂げてきた。どうせ終わると決まっているのなら、いくばくか時間を早めても同じことだ。(なかなか乱暴な理屈だけど)。しかし実際のところ、アメリは絶滅体としてたった一人で種の終わりを見届けることが辛かったという、個人的で人間味のある理由が大きかった。
  • 選択を迫られれたサムは、つまりアメリを殺してでもラスト・ストランディングを止めるか(その場合、サムはビーチの中に永遠に囚われる)、アメリと一緒に終わりを見届けるか選ばなければならなかったわけだが、サムはアメリを追いかけて引き留め、「何があっても繋ぎとめる」と告げる。
  • アメリは絶滅夢を通してさまざまな終わり方を見ていたが、彼女にも選択があった。そしてサムと出会ったことで、サムと繋がったまま自分のビーチを閉じる選択が生まれ、自らそれを選ぶことになる。
  • サムはビーチで悠久ともいえる長い時間を過ごし、アメリと話したことを思い返しながら、打ち寄せる波の間をさ迷い続けた。手にはアメリから渡されたクリフォードを撃った銃がある。長い時間に疲れたサムは自分のこめかみに銃口をあてて引き金をひいたが、弾は入っていなかった。アメリの「生きるの」という呼び声に導かれ、生者との繋がりをたぐりよせ、というか生者たる仲間たちに引き寄せられて、サムは再びこの世に帰還したのだった。
  • 新大統領の就任式の日、サムはデッドマンに事の顛末を聞かされる。どうやってサムを呼び戻したか、またダイハードマンとは何者なのか。その直後、ダイハードマンにクリフォードの死について懺悔を聞かされる。この時はまだ、サムは自分の出生について理解していなかった。
  • デッドマンにBBはネクローシス化するおそれがあるため廃棄処分することになったと知らされる。焼却炉で処理をしなければならないと。デッドマンはサムに手錠から解放される仕掛けを施し、あとはお前次第だというようなことを言ってBBをサムに託す。
  • 焼却場についたサムはBBと接続をする。そこでBBの記憶を通して自分の出生を知り、父親であるクリフォードと思いを交わし、BBとは自分自身だったのだと知る。なによりサムはともに長い旅を続けたBBを焼却することができなかった。ポッドからBBを取り出し、BBはポッドの外では70%の確率で死亡すると言われていたが、その言葉通りBBは呼吸をしていなかった。蘇生を施し何度も呼び掛ける。そして彼の思いが通じ、奇跡が起こったのか、BBは再び産声を上げて、サムは涙を流しながら抱きしめるのだった。
  • 二人は焼却場を出る。外ではまた雨が降っていた。二人は雨に濡れていた。時雨は二人の時間を狂わせることなく、優しく涙を洗い流す。そのうち雨も上がり、逆さまでない正位置の美しい虹がかかっていた。

ざっくりいうとこんな感じでした。

[adsense]

めっちゃ泣いた

超感動的なストーリーでした。すごい泣いた。最後、焼却場で浮いていた赤子の影は、いままで廃棄された他のBBたちだったのかな? BBが戻ってこられたのは、アメリが返したのかな? などと考えます。BB=サムはアメリとは繋がったままらしいし、そういうことはできそう。人柱たちのBBはクローンだったのか? とそこはよくわかってないんですけどこの世界の技術なら赤子のクローンなら作ってしまいそう。じゃ、なんで最初に出会ったイゴールのBBにはあのマスコットがくっついてたんだろう? などとまた謎が増えていくんですが。あと、なんで最後時雨にうたれてんだ? 大丈夫なのか? と思った。(※この世界では雨=時雨にふれると生物は急速に成長というか老化する)多分、アメリと繋がったまま戻ってきたので、なんかこう、サムは今までとはまた別の存在になってしまったんではないかと思うんですが、どうなんでしょう。そこは確信がない。

製作期間はどのくらいだったんだろう? かなり複雑なシナリオで、話も二転三転したので、これをよくゲームの中にまとめたなぁとつくづく思いました。伏線の回収はドキュメントの中にもあるけど、それでもよくできたシナリオだった。けっこうゲームの中では珍しいほど話が込み入っててそれでいてあざやかに紐解かれていたような感じします。

このゲーム自体、もともとはサイレントヒルのプレ版だったんだっけ? P.T.っていう名前で配信されてたと思うんだけど 小島監督がコナミと縁が切れて、紆余曲折したといういきさつがあったはずで、新しく立ち上げた中でいろいろなプレッシャーとかあったと思うんですけど、そんな中でこの完璧なシナリオを書いたのかと考えるとおっそろしいほどの力を持った人だなと思わずにはいられません。これはマジでプレイしたほうがいいよ。いやほんとに。ネット語でいえば全人類ただちにデスストをやりなさい、といったところでしょうか。

ゲームバランスもまあまあ良かった……と思う。終盤急に難しくなるのがちょっと理不尽だけど、ノーマルだとだいたい簡単すぎたかなぁ。序盤は難しかった。ミュールまじ強い。でもロープ銃を手に入れてから急に簡単になって、楽ショーだぜ!ってなってたはずなのに最終盤でBTが複数出てきたりしてやべーことになってた。

私などは最後フラジャイルに虫を届ける時にクジラBTにぼこぼこにされて、荷物が損傷率99%になってしまいまして、「あ、これフラジャイルさん死んだわ……」と意気消沈してK2に戻りました……。シナリオ分岐はなかったので生きてたんですけども。よかったよかった。

ヒッグス戦は好きでした。徹底的な非殺傷による対抗で敵をからめとるのは面白かったです。その前の巨大人型BTはダメだった。あれはね、私はダメ。場所がね、最悪に悪い。ヒッグスが敵というか見えない壁が敵だった……。ダクソ1の山羊頭のデーモン戦を思い出させる。(あれほど理不尽じゃないにせよ)場所が狭いのに敵は巨大ってのはだいぶこたえた。

もちろん最後のアメリに銃をばんばんうちまくってラスト・ストランディングを何度も何度も起こしました。アメリさん……そこは恥ずかしがらずにちゃんと「私を止めて」と言ってくれ……。

若干、操作性が悪いところが気になる。特に銃で狙っている途中でBTにアタックかまされた時にサムが棒立ち状態になるときがあってそれはちょっと爽快感に欠ける。早く銃を構えなおしてくれとガチャガチャやった。まあサムは非戦闘員であり配達人なんだと思いながら……いや待て、それはないだろう、あのロープ裁きとBRIDGESが大統領直轄組織であることから構成員は特殊な技能を叩き込まれたということが私にもわかる。戦闘の操作性はよくしてほしいかな。

中毒性のあるゲームだったなぁと思います。配達でマップを移動しているだけなのになんでこんなに面白いんでしょうね? 目に入る風景も作りこまれているし、同じ場所が一つもない気がする。似てる景色はあるかもしれないけど。マップの作りこみ、すごかったなぁ。

というわけで脚本演出ギミック全部ひっくるめてすごい面白いゲームでした。

では何が不満なのか

完璧だと言いながら何がもやもやするのかっていうと、こういうこと言ってるの私だけかと思うんであんまり言いたくないけど、アメリが銃を握りながら「ここでは銃はいらない」や、殺人が世界の崩壊に繋がること、ストランドという非殺傷武器、「銃ではなくて絆(ストランド)で世界を繋いだ」というところから、世界観のテーマが、銃を使わない解決方法、つきつめれば反暴力を掲げているのだと思うんですよ。特にアメリカは今、銃規制をするかしないかで大きな問題になっているし、みんな知っての通り分断の瀬戸際にあるわけで。たくさんの人が悲しんで涙を流している。

でも製作スタッフたちは、今までずっと、銃と暴力をエンタテイメントにすることで、言い方は悪いけど、それで利益を得ていたわけではないですか。MGSシリーズなどは戦争を扱っているし、私も小島監督の作品の全部をプレイしたわけではないけど、銃による解決も当然あるしプレイヤーにかなり酷い悪乗りしたプレイをやらせようと思えばできるシステムだったわけで。その過去は無くせないし、暴力を美(エンタメ)化してきたのは間違えようがない。少なくとも私はそういう認識でいます。小島監督の作品は、たくさんの人に影響を与えてきたはず。エンタメ化した暴力を通じて。なのに、なぜ突然こうなるのか、という思いが少なからず私の中にあります。影響を受けた人たちは一体どうなるんだろうとも思うんです。もちろん、反銃反暴力を掲げるのは素晴らしいし、私も当然そうあるべきだと思います。でも、なんだかしっくりこない。

たとえば最近NZで白人が起こしたモスク襲撃事件。あれは、犯人が頭にカメラをつけて、あたかもFPSゲームのプレイヤーのような視点で撮影しながら無差別にムスリムの人たちを虐殺したけど、結局のところゲームのせいだったんだよと結論づけるのは、一ゲーマーである私にとってはその理屈は乱暴にも感じる。そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。だけど、影響が全くの0とはいいがたい。(関係ないけど、今思い出した、ゲームを一日二時間する人は脳やメンタルが障害でどうだとかいうニュースがあった気がしたけど、ゲーマーとして言わせもらえばあれは現実が酷すぎるからゲームをすることで心が無感覚になることを一時的に繋ぎとめているだけで、私にとってはゲームによって散らすものがなかったら文字通り死んでるかもしれないわけで、あの話は順序が逆だと思う。つまり現実がストレスを与えるせいで心身のバランスを保つためにゲームをせざるを得ないのです)

話が脱線したけど、エンタメ化した暴力が現実に影響がないとはいえない、けどないとも限らない。それはクリエイターたちも時々考えることだと思いますが。それを作って世に発表した以上、影響を与えることに対する責任とか、やっぱり感じるはず。

で何が言いたいのかというと。この記事の最初にも言った日本人的「リセット病」が私の頭の中でチラつくんです。

デス・ストランディングは、日本人プレイヤーならわかると思うけど、白人ばかり登場するアメリカ舞台の話であるけど、あれは日本人が考えた日本人的世界観の、いわば和洋同魂というか、むしろ白人たちに演じさせた日本人の本質のようなものを、私は感じるんです。 (死の概念や、魂の分け方とか、御霊の分霊みたいな感じだし)

だいたいこういうことをいうと、どうも最近の流行りらしい、「出羽守」呼ばわりされるから本当は嫌なんだけど(そしてそれがネット虐めの呼びかけの合図である。ほかにもいろんな蔑称はあるが)、クリアしてからどうも頭の中でぐるぐるまわってどこかに吐き出さなければ私は気がすまなくなってしまったので、この人が滅多に来ない自分のブログに書き留めておくんですが、

うーん、言葉にしようと思うと難しい。

あのね、つたないけど聞いてね。ネットは悪意が多すぎるから、本当は友達の間だけで話したいことなんだけど、私はあんまり人と繋がりがないから、ここに残しておくよ。

言いたくないけど、こういうことがあるから、日本のリベラル思想は信用されないのよ。監督がリベラル人かは知らないけど、少なくとも作品はリベラルの性質を持っていた。

変わり身の早さっていうのかな……。

大日本帝国が崩壊したとき、昨日までお国のために戦って死ねといっていた教師が、アメリカに負けて大日本帝国は滅んだので、今日からみなさんには自由と民主主義を強制しますって同じ口で言っていた時代と、同じことをしているように感じる。

とあるリベラル系の自称哲学者が、匿名アカウントを使ってネットリンチを呼びかけ、そうして集団で言語で虐殺して回るというおぞましい集団がいるんだけど(うーんなんていうのかな、表に出てるやつだとHagex氏が刺殺された事件が性質として似ているんだけど。それについて、最近ぽつぽつとはてなの中で第三者の言葉が語られ始めた気がする)、裏では散々口汚く悪罵の限りを尽くして人を怒らせておいて、いざ怒りのあまり「てめえふざけんじゃねえぞ」と凄んでみせたら、突然するりと立場をいれ変わって「ごらんよなんと醜悪な人だろう」とすまし顔で指摘してみせ、集団でそうだそうだと頷きあい、一歩高いところにいる自分たちを演出する……

っていう人がいるのよ。これは本当の話。素晴らしい変わり身の早さ。

私が思うに、リベラルというのは、保守よりもデリケートで、保守よりも慎重に考え抜かれなければならない思想だと思うのね。

それはなぜか?

アメリカでトランプ政権が爆誕したのは、悪質なリベラルが幅を利かせたからと聞いています。悪質なリベラルの言うとおりになるぐらいなら全部ぶっ壊しちまえと。あいつらのことは信用できないと。

もちろん、トランプ大統領が爆誕する前の我が国日本で過激な保守思想が先取りしていたのは、知っての通り。というのも、アメリカよりもさらにずっとずっと質の悪い嘘つきリベラルがすまし顔で、ほとんど自分の箔とポジショントークのためにリベラルぶって、匿名と集団の力によって相手をけちょんけちょんになぶりたおし、保守思想の人たちに憎悪を植え付けた側面があるみたいなのね。多分だけどあの調子だと、まともな保守思想をもったサイトにも全員で乗り込んでぶっ潰してきたと思われるんだわ(これは憶測だけどね)。あるいは普通の人たちが嘘つきリベラルを憎むあまり保守に転じるくらいの強烈なやつ。特にネトウヨって言うんだけど。

彼ら自称リベラル達の議論は機能していたか? しているわけがない。なぜなら、言い負かし、集団でバカにして、冷笑を浴びせることが第一の目的になってるわけで、彼らにとってリベラル的思想はいわゆる殴り棒でしかなかった。本当はリベラルなんて信条でもなんでもないの。お金稼ぎと箔付けの道具だったんです。

質の悪いリベラルは、質の悪い保守よりもずっと悪いんですよ。そして保守よりも、ずっとずっと危険なんですよ。私のいいたいこと、わかるでしょうか。難しいな。私が言うの下手だから、人に伝わってる気がしない。

イギリスにC・S・ルイスという作家がいる。ナルニア国物語という傑作を生みだしたアイルランド系の作家なのだけど、この人の書いた本で「悪魔の手紙」というのがあるの。それは、新米悪魔と名のある先輩悪魔(伯父だった気がするけど)の、悪魔としての正しい行いについてのやり取りを手紙形式で書いたもので、かなり面白いんですけど、その中で、「質の悪い信仰は悪魔の最大の味方である」とルイスははっきり書いている。ちょっとうろ覚えなんで、今「質の悪い教会だったかな?」とか思ったりしたんだけど、たぶん最初ので合ってるはず。

私が「悪質なリベラルは、悪質な保守よりも最悪である」というのは、まさにここなんですよ。悪魔を大量に生む最大の原因になる。

嘘。変わり身の早さ。一貫性のなさ。冷笑。ネットでの集団リンチ。議論よりも悪罵に尽くし、相手が女と見るや小馬鹿にした態度をとり、侮辱を言葉の端々に詰め込んで、他人への敬意を一切欠き、果ては自分の中の差別心すらも隠そうとせず、「お前は馬鹿だなwwww」と言ってうなずきあう醜悪さ。その一方でお金稼ぎのために女性の人権だとか、差別とかの分野でもっともらしく一説ぶっている。

こんな人たちの主張する内容を一体誰が信用するのだろう?

これが日本の自称リベラルの実態。とても残念だけど。どうして彼らが「ブサヨ」だの「パヨク」だの呼ばれ、まとめサイトなどで「なんだはいはいサヨクね」と「サヨク」であることを一番最初に指摘されて合図のように一斉に叩かれるのかがようやく理解できました。現実で「サヨクってさwwwほんとwww馬鹿だよねww」と話しかけられる理由がわかりました。でたらめな理屈を押し広げ、ネットで一生懸命活動している集団がいたのです。匿名というツールを利用して。彼らがネトウヨを増長させた原因ではないのか。まあ、さらに広げると、朝日や毎日などリベラル系?メディアも、性質がね、ひどすぎると思う。メディアの人たちもエリート意識が肥大しまくっているらしいし。そういうことを考え始めると、「信用がならないからまとめてぶっ壊してやり直せばいい」というアメリカの田舎の人たちの思いが私にも少しだけわかる気がする。

どんどん話が脱線していると思うけど、どうにかしてまとめたい。

私はこのデス・ストランディングにあまりよくない性質(タチ)のリベラル成分を感じるんですよ。ゲームとしては面白かったけど、製作スタッフの一貫性とか考えると激しくもやもやして胃腸の調子が悪くなります。コナミと縁が切れて、いわば一度絶滅したと思うんですが、そこから新しく生まれ変わったことにより性質がリセットされてしまうのだろうか? と、悪いけど考えてしまうんです。それは進化といえるのでしょうか? なにより、銃と暴力のエンタメ化で利益を得てきた人たちに、どうして反暴力について説得されているのだろうと、ゲームの中で気づいて、思考が現実に引き戻されてしまったんですよ。一番大事なラストで。

するりと立場が入れ替わる。

変わり身の早さ。

その言葉がどうしても頭から離れない。

新しいことに挑戦することは素晴らしいことだと思います。考えを変えるなとは言わないし、むしろ変えたほうがいいことがたくさんあると思います。差別とかね。でも、教える側に回るには、影響を与える側になるには、特別慎重にならないといけないと思う。私は監督の作品をすべてやっているわけではないし、考えを理解しているとも思えないけど、少なくともデス・ストランディングをやってかつMGSシリーズを何作かやった人間としては、大事な部分が置き去りであると感じざるを得なかった。そこはとても残念だと思う。そして置き去りにされたことにより、作品の心臓の部分が空虚であまつさえ白々しさまで感じるようになった。

クリエイターというのは、難しいですね。

トレンドに乗らないと売れないし、化石みたいな思想を再パッケージするわけにもいけないし。でもこの監督ならもっと上手くやれたんじゃないかなあと私は思うんですけどね。

余談だけど、この方は、トレンドに乗るのが上手だよね、という感覚があります、私の中で。ようはマーケティング能力だよね。マーケット感性と倫理観って両立できないものだろうかね。

というわけで、ゲームとシナリオが抜群によかっただけに、気づかなくてもいいところに気づいた一プレイヤーの長い話でした。

◆◇◆◇◆◇◆◇

まあ比較するもんでもないけど、作家でクリス・ライアンって人がいるんですけど、その人は元軍人で、元SASで、湾岸戦争時に一躍有名になったすげー人なんですけど、その作家の話は、徹底的に暴力で暴力を撃ち滅ぼし「非暴力とか生ぬるいこと言ってんじゃねーよ」とばかりに時には読者が目をそむけたくなるような拷問を主人公がしたりあるいは主人公がされたり、無辜の少女が「そこまでやるか?」というくらいの方法で非業の死をとげたり、はたまたテロの首謀者をこれでもかとえげつないやり方で殺したりと、暴力を容赦なく描き切る人がいるんですけど、作家人生30年近くずっとその暴力について書いてるわけですよ

上の私の理屈から言えば、確かにクリス・ライアンのように、この世界に存在する目をそむけたくなる現実に真正面から対峙している人のほうが、信用ができるなと感じる。書いている内容は残虐だけどね。暴力こそが解決の糸口だと信じてやまない感じの……とても軍人らしい人だと思います。

まあ私はひねくれているので、こういう軍人系は一般的に言ってちょっと雑な判断をしてるように私には見えるので(クリス・ライアンがそうだとは言わない。多分、あの作家は、自分たちの習性みたないのが自分でもわかっててあえてそう書いているんだと思う)、政治的な分野では軍人というものは向いてないのでないかと思うんですけどね。日本の作品は、元軍人が大統領によくなるよね。バイオ6もそんなだし。そして私も書きがちなので気を付けないといけない。なんでだろう? 多分、これは昔の、明治時代のころの軍のエリート的な影響があるのではないかと思うんだけど、(イギリスの貴族が軍務につくのとはなんか性質が違う気がする)、あるいは武士とか? 日本史詳しくないのでよくわかりませんが、日本の作品だと軍人は頭もよくて政治もうまいみたいな作品が多い気がする。

でもさ、軍人が本当に政治がよくできていたってんなら、日本陸軍のこととか、なによりGHQの判断なんて……(ぶつぶつ)(これ以上言うと面倒になるからやめておこう)

◆◇◆◇◆◇◆◇

「私が思うのはね」っていったけど、たぶんどっかで見聞きして、その水を飲んで影響を受けていると思うので、まったく独自の考えだとは思えない。そこは一応言っておく。ここはあの人の考えだというのはわかっている部分はあるけど。それと万に一つの備えでつけ加えると、ここまで読んでいろいろ気づいた人がもしいたとしたら、それについてはそっとしておいてほしいかな

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Back to Top