話題作はいつもずれた時期に見るたちなので、今更視聴しました。現在、Netflixで配信中。

初っ端、「え、呉市って広島じゃねーの……?」と見ていて混乱した九州人(=私)。地理が苦手ですみません。私がどれだけ地理音痴かというと、九州内ですら大分県の隣に佐賀県があるような気がしているくらいなもので。それはともかく、呉に住んでいる人は、広島市民のことを同じ広島県だけど「広島の人」って言うんですかね。見ていると、すずさんが何度も「広島の人・広島の人」と呼ばれるものだから広島と呉がそんなに離れているのかと思って、だんだん呉が兵庫か愛媛あたりにあるんではないかと疑い始めて調べたけどやっぱり呉も広島県の一つだったじゃないですか。めっちゃ近いやん。そんな近いのによそもんみたいな感じなのか。まあでもよくよく自分とこの地方のことを思い出せばそういう呼び方もするんかなぁ……でも福岡にいたときに福岡郊外の人が中心地に住む人をあんた福岡の人?って言ったりせんかったよーな気もするが。言っても博多の人?とかですし。そこは広島の人の文化なんだろうか。

感想を書こうと思ったけど、ここで今気が付きました。私、この作品を批評できるほど戦争について全然知らないわ。

でも、すっげーーーーもやもやする、この映画!!

すず、という主人公の主体性のなさ、思考力のなさに、私すごいもやもやさせられました。リアルですずさんいたら、ごめんけど「とんとすかんわ」となっていたと思います。嫌悪感というよりも見ていてじれったい感情がわきおこる。あなたは間違っている、と指摘せずにはおれんくなる。無邪気な罪人(つみびと)ですよね、すずって人。それがもやもやする。

戦前戦中のあの狂った時代でほのぼの自分の生活を過ごせるのは、欺瞞だと思う。嘘だ、と私は思う。

空襲警報に飛び起きたすずが逃げる前に「火の始末はよし!」とかまどを指差しする姿や晴美という少女が「警報もう飽きた~」と手作りの防空壕の中でぼやく様子は、「おいおい、余震もう飽きた~じゃないんだからさぁ」と思いました。所構わず警報で起こされてばたばた身支度して備えている姿は2016年の熊本地震の時のうちやんか。完全に地震水害に”巻き込まれた”時の反応じゃん。いいのか、それで。戦争やぞ。誰が望んで争いになったんかね。巻き込まれるもんじゃないだろ。望んで戦うもんだろ。こんなん、嘘やん。

全編通して「敵がいない戦争映画」ということに驚きました。敵がいないので、登場人物には悲しみはあれど怒りという感情がすっぽり抜けている。そりゃそうだ、怒る対象になるものが描かれていないからキャラクターは怒ることができない。一瞬、最後の方の玉音放送で、すずが泣き崩れているときに「お、やっと怒ったか……?」と思ったけど、ごちゃごちゃ言ってるけど、何に対して怒っているのか、なんだかよくわからない。あとで調べたら、あのシーン、太極旗がひらっと掲げられていたんですね。ほんとにさりげなく。ネットの解説文を読んで私は知りました。

はぁ? 気付くわけねーだろ!!(#゚Д゚)  (久々に顔文字使った)

すずが右手を失い、晴美を失うまで、ずーーっと戦争に対して他人事で、なんやよーわからんけど大変ですよね、という態度に全く同意できなかったので眉間に皺を作りながら見ていました。序盤の終わり~中盤くらいに配給が減らされて、あるもので一生懸命頑張って料理を作る姿は慎ましいというか、なんというか、見ていて私は涙が止まりませんでした。すずが健気だから泣いているんじゃない。あまりに登場人物が無力で、物を考える力がなくて、貧弱すぎて、現実を見つめることが出来ない弱虫さに、日本の将来のことをつい重ねてしまって辛くて泣いてしまったのです。これから日本もこういうことになると思う。社会のむつかしいことはよくわかんないけど頑張ろーよっ、て、白々しい前向きさがないとあっという間に死んでしまうような世界になると思う。でも、残念だけど、現実は「この世界の片隅に」のように甘くはないでしょうね。ジョージ・オーウェルの1984年の中で、主人公がわずかな配給チョコレートを幼い妹の分までひったくって食べてしまう話があるけど、それが現実だと思う。私の勘だけど、まあよく知らねーけど、当時家族内で平等に食事ができたとは思えませんね。他所から来た嫁とか量を減らされてたんとちゃいますかね? 働けない人とか、病人とかさ。ほら、立派な日本語があるじゃないですか、「働かざるもの食うべからず」って。違うと良いけどね。昨日、家族で一番えらい父親が私の二倍魚を食べていたので、間違ってないんじゃないかなぁと思うけど。その次は母親ですね。家族内なんて、そんなもんじゃないですか。

すずは自分が自分でいられる理由(右手で絵を描くこと)を喪失して、やっと戦争を現実のことだと認識できたのではないだろうか。それまでは、火事や地震と同じ扱いだったんだね。話には聞いていたけど、本当に戦争が災害と同じ扱いになっていて驚きました。

私は、映画の中で晴美を失ったのは、すずのせいだと思う。この人が、戦争のことも、時代のことも、現実を真正面から見つめられない弱さから、なにも考えないことが強さだと思い違いを起こして思考を放棄したから、晴美は死んだのではないかと思う。日本人が戦地でどうしていたか、それでアメリカ人たちがどれくらい日本人たちのことを憎んでいたか、そのことをひとつも考えなかったから、危機意識をおぼえず、晴美と一緒に港まで行ってしまったのではないか。戦争のことをほんのわずかでも真面目に考えていたら、空を飛んでいる物体は憎しみの塊なのだと、我々は憎まれているのだと、絶対に気付いただろうに。時限爆弾とは、憎しみの中から、「必ず日本人を殺してやる」という考えとともに生まれた殺人兵器なのだと、現実で肉を得たように、物事が見えただろうにね。

ま、画面のこちら側にいるから、そんなことが言えるんですけど。情報統制とかあったと思うけどさぁ……それにしてもだよ。何かを見ているはずなのに、なにもかも通り過ぎてしまった、ぼんやり見送るようなキャラクターは、愚鈍、という言葉が似合っているのではないだろうか。

しかし、この映画、当時の日本人はこうまで無関心で他人事でのほほんと暮らしていたのかと。旧日本軍人に首を切られて村の木に吊るされた村人たちの子孫が見たらそう思うだろうなぁ。しかもこれ、感動できるとか当時絶賛されていたんですよね。嫌だなぁ。マレーシアやシンガポールやオーストラリアや中国の人や韓国の人たちetsetsに、絶対に見せたくないよ。隠し癖が刺激される。もう見ちゃったと思うけど。こんなの見たら、先祖たちはなんのために殺されたんだろうと絶対思うだろう、普通。旧日本軍に殺された人たちが浮かばれねえよ。これは社会に受け入れてはいけない映画なんじゃないかなぁ。自分たちが憎まれることをしていたとほとんど自覚のない映画ですよ。(最後の方ちょこっと気付くけど、でもすぐ忘れたっぽいように見える)

無自覚で残酷なことを言う人って現実でもたまにいるけど、ああいう人たちの冷たい柔らかさというものを見たような気がします。いい人なんだけどねぇ……っていう。ただの愚鈍な人なんだろうな、そういう人たちも。

ああそうそう、この映画で飛び抜けてどうしても気に入らないシーンがあるんですよ。クライマックスのすずの独白。これ↓

「なんも考えん、ぼーっとしたうちのまま死にたかった」

うるせえ、甘ったれんな!! あんたらがそんな怠けもんだから今の私達がツケ払わされて苦労してんだろ、ほんっっっとムカつくやつだな!!(おとなげなくてごめんけど、やっぱ腹が立つねぇ、この映画)

敵が存在しない戦争映画を描くのは、やっぱり嘘ですね。この世に存在しちゃいけないと思う。戦争は憎悪を掻き立てるものだということがわからなくなる。この映画から何も得るものがなかった、と感想を述べている人がいるけど、確かに得るものがない。この話は何を描きたかったんだろうか? 人間性を問うとか、そーゆーことも全然ないし。戦争中でもこんなに前向きに楽しく暮らせるから元気出せよ今なんてまだマシだろ?、って言いたいのか? 何も考えないままぽやーっと暮らしていたらこんなふうになりますって言いたいのか?? その面ではある意味参考になる。無思考のすずは反面教師になるけど、それ以上のものがないな……。一体なんだったんだろう? 私はなにを見ていたんだろう? 視聴後はまるで夢から覚めた人のようだ。そうだ、この映画は戦時中の人が見た一夜の夢なのではないだろうか……。

あんまりグチグチ言うのもなんなのでいいトコ探ししようと思うけど、晴美が死ぬ直前の防空壕の描写は良かったです。迫力があったと思う。惜しいなと思ったのが空襲中に絵を描こうとすずが一瞬考えをよぎらせたところ。本当に描けばよかったのに。どうして描かなかったの? 取り憑かれたように描いてしまえばよかったのに。ジブリの登場キャラクターなら多分描いたよ。でも描かなかった……現実ではないもの(現実だと認識できないもの)は描けないのかもしれないなぁ、このすずっていう人。爆弾が絵筆のびしゃっだし。そんなのすずが死んじゃうじゃないかって?でもこの話、どうせ最初からフィクションなんだから、シーンの人物配置をいじって(晴美を遠ざけて)一人無心に空襲の絵をかきつつも命からがら生き残る、という描写もできたはずなのでは。まあそんなことはいいか。あとは、当時の生活の様子が丁寧に描かれていたところとかよかった。昔の様子なんてリアリティを持って見るとこができないけど(よーしらんしな)、だから羽衣で包んだような世界に見えるんだけど、あーそういう感じだったんだよねと知ることができたのは良かったかな。すずの声優さんも心地よい喋りをしてくれて見やすかった。ごめん考えたけどあんま良いとこ探せんわ。だって、こういう類の映画は存在しちゃいけないと思うもの。

まだ「おしん」の総集編を見ていたほうがずーっとマシだったかもね。(いっそのことおしんをアニメ化すればいいんじゃなかろーか。私は見ないと思うけど)

日本では、ありのままの日本軍の姿を書いた話はあんまり受け入れられないみたいだ。(残酷すぎるので?)多少ヒーローじみたものや被害国からすれば空虚で白々しい物語しか読まれない。はだしのゲンですら、現実描写がまだ足りんらしい。ドイツならどうなんだろう? ドイツの人たちはナチスの悪行や真実を真剣に書けて真剣に読めるんだろうか?(できるから今のドイツがあるんだろうけど) 自分たちのじーさんやばーさんが、アウシュビッツの前で微笑んで立っている写真を見つけた日にはどうやって対処っていうか受け入れるわけ? なんで、日本はドイツみたいになれなかったんだろう。すずみたいに、弱虫だから? 時々考えるんだけど、答えが出そうにありません。

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